第451話 帝国社交界の流行りの品
顧客に呼ばれたら即座に向かうのが有能な商人というものだ。
今のところダンターグ公爵夫妻からは好印象を持ってもらっているので、それを維持したい。
あまり大人数でぞろぞろと行くのもなんだと思い、留守番に人を残してオルレアンとアズを連れて公爵の館へと向かうと、すぐに通してくれた。
オルレアンは知り合いにペコペコ頭を下げている。
公爵の元を離れたからか扱いはそう悪くないようだった。
ちょっかいの原因は、彼女が優秀過ぎたから自分の地位が脅かされるという理由なのでこうなるのも当然か。
巨大な組織の下で働くというのも大変なものなんだな。
「まぁ。やっぱり素晴らしい香りね。これが欲しかったの」
以前と同じ香料と石鹸のセットを一つ取り出し、サンプルとして一つ封を開ける。
それを手に取り、少しだけ手首につけると香料の匂いにレクレーヌ公爵夫人はうっとりと浸っているようだった。
「今回は新しくラベンダーやローズマリーの物も用意しました。どれも女性に人気がありますよ」
「持ってきたものは全部頂きます。前回の分はとても評判が良くてね。お土産にお配りしてたらあっという間に噂になって、一時期はお茶会の参加者が二倍になったのよ」
「それは……嬉しいですね」
「次はいつ手に入るのかって会うたびに言われるものだから。これで面目も立ちます」
うちの商品がこんな遠くで貴族の間で流行るとは思わなかった。
ラミザさんの協力もあってそれなりに自信作だったし、富裕層に気に入って貰えるようにシグネットリングにもこだわったのが功を奏したようだ。
王国だとむしろ平民に広まっているのだが、これも国民性の違いだろうか。
「できれば定期的に卸してほしいのだけど」
「お望みならもちろん」
表面では商人スマイルを貼りつけながら内心ガッツポーズを決めた。
この商品は輸送費も含めそれなりの良い値段をつけさせてもらっている。
定期的に買ってもらえるなら、帝国へ販路を広げることも十分可能だ。
香料と石鹸のセットを売り、鉄鉱石を買って戻る。
この往復が実現すれば、情勢が変わるまではまさに金を運ぶようなものだ。
人気が出過ぎれば真似をされて類似商品が出回ってしまうので、その状況は長くは続かないだろうがブランドを確立できれば息の長い商売になる。
もしかしたら支店を出すこともできるかもしれない。
「オルレアンはどう? そっちの仕事にも慣れたかしら」
「はい、奥様。とてもよくして頂いております」
「うちに来てもらって大助かりですよ。私よりも数字に強いかもしれません」
「とてもよく働く子だったから少し心配してたの。それに娘ができたように思っていたから……だけど大丈夫そうね」
その言葉にオルレアンは深くお辞儀をした。
その後はレクレーヌ公爵夫人の長話を会釈を交えながら聞く。
なんてことはない世間話の類だし、外に漏らしていい情報ばかりだが立場が立場だ。
知りたくても知れない情報を沢山知ることができた。
帝国は王国よりもかかあ天下というか、奥さんが強い権力を持つ場合が多いらしい。
そういう風潮というより、女性の気が強く胆力があるのだそうだ。
それに女性が婿を選ぶ場合も多いらしい。
アレクシアを見ていれば確かにと思うことも多い。
もしアレクシアと結婚したら頭が上がらなくなりそうだ。
飲み終わるたびにお代わりされる紅茶でお腹がタプタプになってきた頃、ようやく話が終わる。
オルレアンの様子を見るためにわざわざ時間を空けてくれたらしい。
「お忙しい中ありがとうございました。荷は倉庫番の方に預けてますので」
「ええ、もう確認の一報は貰ってるわ。それじゃあまたお願いね」
代金を受け取る。
単価も量もそれなりなので帝国金貨の入った袋がズシリと重い。
「そういえば道の舗装をされてるんですね」
「さすが、目敏いわね。そうなの。ちょっと王国とは行き違いがあって往来が減っていたのだけど、最近元に戻って来てね。それに土台になる道があったから手を入れることにしたの」
ここにアレクシアが居たら苦笑いをしていそうだ。
勝手にやったので私がやりましたというわけにはいかないだろう。
そろそろ帰ろうか、と立ち上がった時、扉が勢いよく開いて執事が入ってきた。
明らかに無作法だ。なにかあったのだろうか。
「奥様、アリウス侯が――」
入ってきた執事が口を開くが、こっちに気付いて慌てて黙る。
若いし急いだあまり気が焦ったのだろう。
レクレーヌ公爵夫人に視線で叱責されていた。
「騒がしいわね。お客様のお帰りよ」
「失礼しました」
これ以上は聞かせられないということだろう。
気にはなったものの、素直に帰ることにした。
屋敷を出た後にオルレアンにアリウス侯とは誰かを尋ねる。
「アリウス侯爵様はなんといいますか、とても功名心が強いお方でして。次期元老院入りを強く羨望しております。その為か元老院の一人である公爵様とは反りが合わないようでして……ケルベス皇太子とは別の方を新しい皇帝にと推していたはずです」
ダンターグ公爵の政治的なライバルといったところか。
しかし元老院に入りたい大貴族とはどこかで聞いたような気がする。
宿に戻って爪の手入れをしていたアレクシアにその話をした途端、手入れ用のやすりが握りつぶされて形が歪んでいった。
突然のことに何事かと驚いていると、忌々しい顔で彼女は口を開く。
「アリウス侯爵は父を王国へと突撃するようにそそのかした男よ」
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