第450話 迷宮タイムアタックはいい刺激?

「……ねぇ」

「なんだ?」



 アレクシアが御者用の椅子まで出てきて肩を掴んで話しかけてきた。

 振り向いて返事をする。



「しっかり道が舗装されてるわよね」

「そうだな。簡易的ではあるが石が敷かれて崩れないようにしてる」



 都市アテイルへと向かう道を歩いていると、途中から舗装された道になっていた。

 この道は以前通った際にアレクシアに魔法で土を均して固めてもらったものだ。



 土とは信じられないくらい手ではとても崩せないような強度だったが、しばらくすると雨風に曝されて少しずつ崩れていくのは確認している。

 この道もいずれはなくなるだろうと考えていたのだが、完全になくなってしまう前に基礎として流用したみたいだ。



「思うところはありますけど、これでまた道を作らなくてよくなったのは助かりますわね。馬車の中でゆっくり過ごせるかな」

「あの公爵らしいな。合理的というか抜け目がないというか」



 道づくりは都市計画の中でも非常に大切なものの一つだ。

 周辺の道が整備されているほど、人の往来が増えて流通網が広くなる。



 それは都市のみならず、国がより栄えるためには必ず必要なことだ。

 贅沢にかまけて治水や道路整備を怠って都市が滅んだという話を噂で聞いたことがある。



 かつて大陸を統一した国が整備した道を王の道と呼び、それが滅びた後でも今の王国や帝国の繁栄につながっている。

 歴史は地続きなのだ。



 アレクシアが道を作ってからはこの道を使う商人が明らかに増えたし、時間の問題だったのかもしれない。



 ほど良い風の音と、ラバの蹄が石畳を歩く音が聞こえる。

 ここだけは帝国全土を渦巻く帝位争いなど存在しないかのような穏やかさだ。



 少しばかり風が乾いている気がする。乾期の時期なのだろうか。

 無事アテイルに到着し、公爵家の門番にレクレーヌ公爵婦人へ納品する品物を持ってきたことを伝える。

 公爵とは顔見知りになったとはいえ、立場の違いもあるので呼ばれていなければすぐ会うことは出来ない。

 泊っている宿も伝えたのでそのうち使いが来るだろう。

 それに以前よりも警備が物々しくなっていた。



 念のため改めて検品したが、数セットが包装や箱に影響がある程度ですんでいた。

 予備の分も持ってきてあるので問題ない。

 ダメになったものはアズたちにあげてしまってもいいだろう。



「じゃあ早速貰うわよ。公衆浴場の石鹸って安物で、しかもちびてるからすきじゃないの」

「髪に砂が入っちゃったし、私もお風呂行こうかな」



 ダメになった箱から石鹸を取り出すと、フィンはさっさと行ってしまった。

 エルザもそれを追いかける。

 鉄鉱石を買い付けるくらいしかやることがない。そしてそれはアズたちにとっては手伝う仕事もないのだ。

 なし崩しにではあるが休憩して羽を伸ばす時間になった。



「旦那様、公爵夫人にお会いになるなら私も同席してよろしいでしょうか? 挨拶だけでも……無理なら構いません」

「もちろんだ。それくらいなんでもない。そんなに気にしなくていいぞ」

「はい、ありがとうございます」



 オルレアンは深々と頭を下げた。

 レクレーヌ公爵夫人には世話になっていたらしいから、一目会っておきたいのかもしれない。

 向こうもがどう思ってるかは知らないが、温厚そうな人だったし名前くらいは憶えているだろう。



 結局アレクシアとアズも行ってしまったので、オルレアンを連れて鉄鉱石の買い付けを済ませる。

 海路が使えるようになったからだろう。

 王国よりも安価でしかも大量に買うことができた。



 馬車に積めるだけ積む。

 それだけでもそれなりの量にはなるが、魔法で容量を増やした道具袋にも詰め込んでいく。

 予備も持ってきておいてよかった。あればあるだけ持っていける量が増えて儲けになる。



「旦那様の妹に間違われました……」

「しかも可愛いとさ。悪い気分じゃなかったな」

「お世辞でも嬉しいです」



 実際オルレアンのような妹が居たら溺愛していただろう。

 オルレアンは少しだけ照れた後にそう言った。

 言葉こそそっけないが、表情を見れば照れ隠しのようにも見える。



 街ではケルベス皇太子の噂で持ちきりだった。

 サムという幼名から帝位争いの際に改名し、一気に皇帝の座に突き進んでいる。

 候補者のうち、有力者は大半が軍門に下ったか討たれたとのことだった。



 残った候補者の一人にアレクシアの元婚約者の名前がある。

 皇帝になるとアレクシアの前で宣言していたはずだが、本当に候補者にまでなるとは。



 だが、あの皇太子には勝てないだろう。

 あれはただの青年じゃない。

 運命などという言葉を使うと安っぽいが、皇帝になると思わされるだけのオーラがあった。



 買い付けの帰りに市場に寄り、巨大な魚を買って宿に届けてもらう。

 海が近いからかとても新鮮だった。

 旅行に来たわけではないのであまり遊びに出歩けないが、せめて食事くらいは豪勢にしたい。



 帰り際に公衆浴場で風呂に入ってアズたちと合流する。

 魚は宿で丸ごと塩焼きにして出してくれたのをあっという間に骨だけにする。

 次の日になっても呼び出されなかったので、運動がてらアズたちに日帰りの軽い依頼をこなしてもらうことにした。



 魔物狩りや迷宮探索は準備さえ済んでいれば元手もそれほど必要がない。

 油断は禁物であるものの、アズたちの実力からすればなにか起きても大丈夫な場所に行かせた。

 リスク管理が完璧なら小銭を稼ぎつつ、たまに当たりを引くことができる良い商売だ。



 近くの小さめの迷宮に狙いを定めて、日帰りで攻略できるか挑戦することになった。

 四日目にして、ついに最深部まで行って帰還することに成功する。

 最深部では小さな金塊が入手できたらしく、魔石と合わせてるとまあまあの額を稼げたと思う。

 時間制限がある中で攻略するのはいい刺激になったらしく、ストレス発散にちょうど良かったようだ。



「繰り返しって飽きると思いましたけど、その日のうちに攻略しなきゃって思うと結構楽しかったです」

「やればやるほど慣れるからだろうな。慣れると飽きるもんだが、目標に近づくなら話は別だ」


 公爵夫人からお呼びがかかったのはそれからその次の日だった。

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