第449話 お勘定はあちらです

 イエフーダは無理やり席に座らせると、店員に蒸留酒を頼んだ。

 このままここで過ごすのは不承ながらも、こっちも既に注文も終えている。

 酒場は他に移れる席もなさそうだ。


 注文した分を飲んだらさっさと出ることにしよう。


「何度も邪魔されちまったからよぉ。王国の怖い連中にも目をつけられちまった。だから遥々帝国に足を伸ばしたんだが、こんなとこで会うとはなぁ」

「遥々、ねぇ」

「俺ぁ出不精なんでね。こいつを連れて長く旅をするのも疲れるし」


 ここは王国からさほど離れてはいない。

 追っ手が来るわけではないだろうが、王国に追われていて安心して酒を飲めるような場所ではないだろうに。

 呑気なのか、度胸があるのか。

 ……あるいは連れているジルという少女を信頼してるのか。


 こいつは本当に変人だ。

 孤児たちを使って盗みを組織的にやらせたかと思えば、麻薬の流通に食い込もうとしたり。

 それに初めて会った時に名前を知っていたのも気になる。


「そう怖い目で見るなよ。今はこうして平和に酒を飲んでるだけ。何もしないって」

「お代わり」


 ジルが皿とコップを掲げる。

 丁度蒸留酒のボトルを持ってきた店員が微笑ましく笑いながら皿を受け取り、戻っていった。


 イエフーダはナッツをいくつも掴むと、それを口に放り込み音を立てて食べる。


「品がありませんよ。子供の前なんですから」

「あらら、司祭様に怒られちまった。創世王教の司祭様はお堅いねぇ」

「おかたいねー」

「ほら、そうやって真似をしてしまうんですよ」

「ひひっ。太陽神教のとこに居るよりはマシに育つさ」


 エルザはため息をつく。説教しても無駄だと判断したのだろう。

 しかしどうやってエルザが創世王教の司祭だと分かったのだろうか。


 イエフーダはそう言って、ショットグラスに酒を注いで一気に飲み干す。

 匂いだけで強い酒だと分かる。

 喉を焼くための酒だ。


「あんたも飲むかい?」

「結構です。私はワインを頂くので」


 頼んだものが到着したので手を付ける。

 ジルにはミルクのお代わりと、山盛りのスパゲッティが運ばれた。

 早速それをフォークで巻き取り食べていく。

 ……小さい体でよく食べる。

 アズもそうだが、強くなると胃袋が大きくなるのだろうか。


「こいつが気になるかい?」

「お前に保護者が務まるか疑問でな」

「そんな偉いもんでもねぇ。協力関係にあるだけさ」


 不思議な気分だった。

 お互い敵としてやり合った経験しかないのにこうして隣で酒を飲んでいるというのは初めての経験だ。


 真っ当な商人は、たとえ商売敵と言っても潰し合うより多少妥協し合った方が儲かるから本当の敵というわけじゃない。


 まぁ、だからといってイエフーダと仲良くするつもりは一切ないのだが。

 やっていることを考えればこいつは間違いなく悪人だ。


「ま、生活費も尽きちまってな。やばいからよぉ。しばらく地道に稼がせてもらうわ。こいつが居れば魔物も怖くないからな」

「ん。今度は勝つ」


 イエフーダはボトルを空にすると立ち上がり、食べ終わったジルもそれに続いた。

 肩を叩いてきたので払いのける。


「なにか仕事があったらよろしくなぁ、ヨハネと司祭様。俺たちはえり好みしないからよ」


 そうして店から立ち去っていく。

 堂々とした立ち振る舞いなので気付くのが遅れたが、あいつら食べた分の支払いをしてない。

 食い逃げというか、その為に引き留めやがった。


「お客様、お連れの方の料金も頂きたいのですが」

「……クソッ。連れじゃないが払うよ」


 払わないと言うと色々と面倒になりそうな気がしたので仕方なく払った。

 これは立て替えただけだ。次に会ったら必ず回収してやる。


「ほら、そんな顔してお酒を飲んだら美味しくないですよ。このチーズ美味しいですから食べてみて」

「たしかに美味いな」


 やけ酒で蒸留酒をショットグラス一杯頼んだが、強すぎて目を回しそうになった。

 半分残ったのでエルザに飲みきって貰う。


 宿に戻るとアズたちも戻っていた。

 はしゃいで疲れたのかフィンと三人で眠っている。


 アレクシアは窓際に座り、街の風景を眺めていたようだ。

 穏やかな表情で、見惚れるような美しさがあった。

 こっちに気付いて窓際から降りて出迎えてくれた。


「おかえり」

「そんなに気になるなら外に出て色々と見てくれば良かったのに」

「いいの。私はこうしてここが平和な様子を見れたら十分よ」

「そうか」


 内心複雑な心境なのだろうが、表情からはそうした感情は読みとれなかった。

 アレクシアが納得してるならいいだろう。


「ちょっと、お酒臭いわよ。二人で飲んできたの?」

「少しだけだ」


 アレクシアからは酒を飲みに行くなら話は別だったのに、と言われた。

 さっきまでの雰囲気が台無しだが彼女らしいか。


 イエフーダのことは伏せておいた。

 無理に不安にさせる必要はないだろう。

 それに、多分しばらく真っ当に稼ぐという言葉は本当だ。


 買ってきた着替えを部屋の真ん中に置く。

 後は適当に回収していってくれ。


 食事の時間に寝ていた三人を起こす。

 ちなみに食事は肉と野菜の串焼きと薄焼きのパンだった。


 一晩過ごしたら食料も補給し、今度こそ都市アテイルを目指して出発する。


 キマイラの牙と討伐依頼は思ったよりいい金になった。

 だが正直うちのメンバーを、あんな大きな牙のある魔物の前に立たせるのはやはり怖い。

 いくら美味しくても危険な魔物の討伐依頼は避けた方がいいかも。


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