第446話 労いと看病

 戦闘の音らしき衝撃を何度も聞き、最後に爆発音がした後アズたちが戻ってきた。

 どうやらこっちに来ていたのは狼の群れではなかったらしい。


 キマイラの成体を含む群れと戦ったと報告を受けた。

 この辺りはもう帝国の領土なので詳しいことは分からないが、もしかしたら周辺の冒険者組合で依頼があったかもしれないな。

 都市についたら確認してみよう。


 帰ってきた時のためにオルレアンがせっせと湯を沸かしてくれていたので、リンゴ酢をお湯で割って皆に配る。


 雨の中予備の服で駆け出していったので、とてもひどい格好だ。

 もはや濡れていない場所がなく、服が肌に張り付いている。

 特にフィンはあちこち泥がついており、シャツももう捨てるしかない有様だった。

 下着を隠す機能もなく、もはや引っかかっているだけ。


 リンゴ酢のお湯割りを飲みつつ、皆裸になってお湯を絞ったタオルで身体を拭いて毛布に身を包んだ。

 帝国に着いたら服を買い込む必要がありそうだ。


 アズが隣に座る。

 鼻が赤くなってしまっていた。

 凍えるほどの寒さではなくなったが、温かいとは言えない。

 全身が濡れた状態で戦闘したので冷えてしまったのだろう。


「もう危険はなさそうだし、疲れただろ。もう休んでろ」

「そうします……」


 コップを空にすると、そのまま座って寝入ってしまった。

 ずれた毛布を掛けなおす。

 オルレアン以外は寝てしまったようだ。

 協力して冷えないように全員の毛布を整えてやる。


 フィンも寝てしまっていた。

 雨の中あんな格好で動いたので体力を消耗したのだろう。


「旦那様もお休みください。寝ずの番は私がやりますので」

「そうだな……、少し休ませてもらうか。起きたら交代しよう」

「かしこまりました」


 オルレアンにその場は任せて、アズの隣で眠ることにした。


 しばらくして目を覚ます。

 アズがいつの間にか腕を掴んで眠っていたので、起こさないようにそっと立ち上がる。

 少し目が痛いし喉が渇いている。

 睡眠の質も時間も足りない。

 早くちゃんとした場所で眠りたい。


「パンに埋まってしまいました……」


 むにゃむにゃと寝言を呟いた後に丸まった。

 起こさずに済んだようだ。

 頭を撫でると幸せそうな顔をする。


「どんな夢を見てるんだ」

「アズ様はよくお眠りになってますね」

「ああ。オルレアンもご苦労だった。もう休め」


 オルレアンは素直に従うと、こっちに頭を下げてからアズの隣で毛布をかぶる。

 そうしているとまるで姉妹のようだった。


 焚き火が小さくなっていたので、囲って乾かしていた枝を何本か焚き火に放り込む。

 少ししてから勢いを取り戻し、爆ぜる音がした。


 鍋の中に残っていたぬるま湯をコップに注ぎ、蜂蜜を入れてコップを振って混ぜる。

 一口飲み込むと喉が潤った気がした。


 湿度と室温を上げるために鍋に水を足して火にかけた。


 雨も止み、風も収まっていて聞こえるのは皆の寝息と焚き火の音だけだ。

 あとはたまにフクロウの鳴く声くらいか。


 アズたちが来る前に仕入れのために旅をしていた時、寝ずの番をしたことを思い出す。

 安全なルートを通ったとしても、一人で真っ暗な夜を迎えるのは孤独を否でも感じて心細く恐ろしかったものだ。


 そう考えると一緒に行動できる仲間がいるだけでも素晴らしいことなのかもしれないな。


 エルザとアレクシアは近くで寝ていたが、アレクシアの手がエルザの毛布を引っ張ってしまっていた。

 白い肌が露出しているものの、青ざめていて色気より気の毒さを感じた。


 アレクシアの手から毛布を回収し、エルザの元に戻してやった。

 心なしか顔も満足そうだ。


 問題はフィンだった。しばらくは問題なかったのだが、途中から少し様子が変だ。

 どうにも顔色が悪い。

 発汗が多く顔が真っ赤だ。


 呼吸も荒い。


 鍋の中で沸騰している湯をいくつか桶に取り出して水を足して少しぬるくする。

 新しいタオルを二枚取り出して、一枚はぬるま湯につけて絞った。


 もう一枚は水を注いで軽く絞り、そのまま額に乗せる。


「看病のためだ。後で文句を言うなよ」


 そう言ってフィンの毛布を剥ぐ。

 引き締まった身体が露わになる。

 そして全身が汗でぐちゃぐちゃになっていた。

 タオルで汗を拭く。そしてぬるま湯で絞る。

 それを繰り返す。


 汗を拭き終わると幾分か顔色も良くなっていた。


「……父さん」


 寝言だろう。

 小さく呟いた後に一筋の水滴が目から流れ落ちた。

 それが汗なのか涙なのかは分からない。


 毛布が汗を吸ってしまっていたので、先ほどまで自分で使っていた毛布を代わりにかけた。


 まだ残っていた蜂蜜水を水差しに入れて飲ませてやると、呼吸も落ち着きを取り戻していく。

 普段は強気な態度を崩さないものの、こうしていると無力な少女のようだ。


 悪化するようならエルザを起こそうと考えていたが、その必要はないだろう。


 思えば、アズもフィンも頼れる親がいない。

 アズの両親はアズを虐待した上に売り飛ばしたし、フィンは両親を知らずに育ての親を失くしている。

 大人として、きちんと預かる責任を果たさないといけないなと強く思った。


 それからは全員の服が乾いたので畳んでそれぞれの足元に置く。

 こうしておけば起きてすぐ着替えられる。


 脱ぎ捨てられたボロボロの替えの服と濡れてしまった下着類は桶に纏めておく。

 それから樽に溜めてある水を注いで血や泥を落とす。

 一度水を変えて、石鹸の粉を混ぜて洗うと汚れも落ちた。

 すすぎに使った辺りで樽の水が空になる。

 朝になったらアズかアレクシアに水を出してもらってまた満杯にしておかないと。


 魔導士がいると水には困らないのだが、その為に起こすのもな。


 洗った洗濯物は絞って焚き火の周囲に干す。

 乾かなかったら馬車のどこかに吊るしておけばいいだろう。


 一仕事終えたので、そのまま朝を待った。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る