第445話 少しばかりの感傷
雨と冷気の影響で体温が下がり続けている。
これほど時間がかかるなら、体を温めるポーションを飲んで来ればよかった。
戦闘中にアレクシアの魔法で温めてもらうわけにもいかない。
その魔力は倒すために使って貰わねば。
「すぐ治して」
「うん。ねえ、少し再生スピードが落ちてきたんじゃない?」
血でやられた部分の治療をしつつ、エルザに言われてキマイラの顔を眺めてみる。
最初に獅子の頭が弾けてから再生した時は、あっという間に元通りになったのに今回はまだ皮膚が再生してる最中だった。
無限の生命力は持ち合わせていないようでホッとした。
ただ持久戦という手段はとれない。
先にこっちの体温が下がり切って動けなくなる。
こういう時はまたアズの一撃に頼るしかないか。
毎回同じ手段に依存するのは油断を生んだり、それを事前に知られたりすると厄介だ。
チームワークを見直して別の方法も考えた方がいいかもしれないな、と思う。
今回は時間を掛けられない。
「アズ、強烈なのを溜めときなさい」
「もう貯めてるからいつでも行けますよ!」
「へぇ」
さすがというべきか。
戦闘の流れを読む才能はピカ一だ。
それを実現できる身体能力にも恵まれている。
いずれは誰よりも強くなるだろう。
虹色の色彩がアズの右目から見える。
凄まじい力を感じた。
「じゃあ、適当なタイミングで三つの首を同時に狙って斬り落とすの。できるわね?」
「それは……やってみます」
返事は頼りないが、顔は本気だ。
下準備をこっちが整えれば確実にやってのけるだろう。
そうしている間にキマイラの竜の口が開く。
毒のブレスがこっちを狙って放たれた。
他も厄介だが一番はこれかもしれない。
触れるどころか、近くにいることすら危険だ。
恐らく汚染された空気も猛毒だろう。
エルザが毒消しの奇跡で治してくれるだろうが、すぐに解毒はできまい。
地面も腐食して足を踏み入れたら底なし沼のように沈む。
距離をとるようにして大きく離れ、フィンは短剣を構えなおした。
キマイラがこっちを見る目には少しだが怯えも見える。
目をえぐったのは相当痛かったらしい。
右前足を大きく振りかぶって、爪を伸ばして振り下ろしてきた。
体を仰け反り、紙一重で爪を回避する。
風圧が体を吹き抜けていき、体温を奪う。
「寒いのよ!」
こっちは下着の上にシャツ一枚だ。
アズたちだって似たようなものである。
早く終わらせたい。
足で蹴って登りながら右前足をひたすら短剣で切り刻む。
これなら血は被らなくてすむ。
肩に昇るころにはあっという間に足一本が血塗れになった。
それに合わせてエルザが左前足の先を横に払う。
血だらけの右前足では体重を支えられず、支えを失い首が斬りやすいように垂れた。
そこにアズが剣を振り下ろそうとする。
タイミングは悪くない。
剣だけでは首一本落とすのがやっとだが、アズの使っている剣は特殊な剣だ。
その力を使えば他の首二本も十分射程圏内に入っている。
だが、あと少しというところで先ほど投げられたキマイラの子供がアズに体当たりをしてきた。
「あっ!」
姿勢を崩しながらも、アズは剣をきちんと振り下ろした。
戦士としての自覚がある証拠だ。
しかし剣の軌道は当初から逸れてしまい、首二つを落としつつも三本目には当たらなかった。
首のうなじ辺りに悪寒を感じ、すぐにその場に伏せた。
そして頭上を見えない刃が通過していく。
危なかった。アズの全力の一撃が当たると真っ二つだ。
同時にキマイラの背中から振り落とされてしまう。
アズのあの一撃は連発できないと以前言っていた。
キマイラにも見られてしまったので、同じ攻撃は通用しないかもしれない。
どう倒すかを考え始めた瞬間、燃え盛る戦斧がキマイラの腹へと突き刺さるのが見えた。
「無限に再生しないなら、こういうのはどうかしら」
アレクシアが魔法を詠唱するのを止めて、戦斧に火を纏わせて突っ切ってきたようだ。
なにをする気なのかは説明されなくても分かった。
慌ててその場から逃げ出す。
フィンの姿を見てアズとエルザも下がった。
腹に突き刺さった戦斧へと魔力が注入され、明かりの魔法で薄っすら照らされていた周囲を真っ赤に照らし始める。
赤く染まった戦斧の先端では火の魔法が巨大化していった。
「――!」
腹の中で膨れる火の玉をめがけて山羊の頭が冷気のブレスを放つが、キマイラの皮膚に阻まれる。
アレクシアにも冷気が届いたはずだが、戦斧と彼女自身が纏う熱気が勝ったようで平然としていた。
「これで終わりよ!」
キマイラの腹が膨れ上がり、次の瞬間火がキマイラを焼き尽くした。
これなら三本の首を同時に処理できる。
それどころか心臓も致命傷を負うだろう。
アレクシアは真っ赤な戦斧を振り、こびり付いた血の焼けカスを落とす。
雨が戦斧に触れる度に蒸発する音が聞こえた。
キマイラの死骸は動く様子がなく、完全に仕留めたようだ。
これでは素材もとれそうにないが、万全の状態ではなかったので仕方ないか。
キマイラの子供はこっちを見ている。
叶わないと分かっているだろうに、それでも噛みついて来た。
……せめて苦しまないように仕留める。
「雨が止みましたねー」
「そうね」
後味は少しばかり悪かった。
足を踏み入れなければ、魔物といえど仲良く暮らしていたのだろうか。
らしくない感傷だった。相手は魔物だ。
生かしておけば人間を襲って殺す。
群れで襲撃してきたのがその証拠だ。
「嫌になるわね。まったく」
シャツを見下ろすと戦闘のせいで土で汚れ、しかも破れていた。
小さくため息をついて、即席の小屋に戻る。
このままだと風邪を引いてしまいそうだ。
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