第444話 厄介ですわねぇ
死に近づくほどにアドレナリンが沸き立つ。
フィンの体はそう訓練されていた。
高まった集中力がキマイラのブレスを見極める。
炎、冷気、そしておそらく毒。
それらが同時に押し寄せてこようとしていた。
アズがとっさに山羊の顎を蹴り上げて冷気のブレスを封じたので、残り二つのブレスを跳んで回避する。
炎のブレスが周囲の木を焦がして倒し、毒のブレスが土ごと腐らせて小さな毒の沼を作り出した。
腐臭が漂ってくる。
あれを頭から浴びたら骨も残らないかもしれない。
「ナイス!」
「はい!」
サポートしてくれたアズに声をかけつつ、キマイラに目を向ける。
山羊の頭は瞬く間に凍りついたが、強引に口が開く。
霜が周囲に散るのが見えた。
ダメージを負ったようには見えない。
多分雨で濡れた部分が冷気で凍っただけなのだろう。
「自分の息には耐性があるってわけ? これだから大型の魔物ってのは理不尽なのよね」
人間ならどれだけ強くなっても、完全には弱点を克服できないというのに。
だが、そんな相手を狩るのが冒険者だ。
今のフィンは暗殺者ではなく、冒険者である。
アレクシアの火の魔法がキマイラに向かって放たれる。
獅子の頭が火の魔法に向かって噛みつき、爆発した。
強力な魔法だったが、口の中での爆発だったので及ぼした影響は小さい。
「直撃したわ!」
アレクシアはすぐに次の魔法を撃てるように準備する。
爆発の煙が晴れると、キマイラの三つの頭のうち獅子の頭が吹き飛んでいた。
だが、白い煙と共に急速に根元から再生していく。
あっという間に獅子の頭が元に戻ってしまった。
「うわ、キモッ!」
「再生能力持ちかぁ」
「厄介ね」
エトロキを思いだす。
あれも四肢を失ったくらいなら再生してきた。
だが心臓か頭を失えば倒せたのだが、キマイラを改めて見る。
巨大な体に三つの頭。
心臓の位置は分からないし、そもそも一つとは限らない。
頭を一つ失っても再生してきた。
恐らく三つ同時に落とさないと倒せないかもしれない。
先ほど突き刺した足の部分を見ると、そちらも再生してしまっている。
山羊の口が開き、冷気のブレスが見えた。
「次が来るわよ!」
投擲用のナイフを何本か投げて全て刺さったが、それくらいでは動きが止まらない。
直撃を避けるために全員で下がったが、冷気は地面に直撃すると周囲に拡散してきた。
触れるだけで一気に凍えて体温が持っていかれる。
息が白い。ここだけまるで氷の中にとじこめられたかのようだ。
それだけではなく、明かりの魔法が冷気のせいで消失してしまった。
明かりが消えて夜の闇が再び周囲を支配した。
見えるのはキマイラの三対の目だけ。
全てが赤く、燃え滾るような殺意と憎悪が透けて見える目だった。
息遣いや声で分かる。アズとエルザは突然の闇に動揺している。
アレクシアは動揺はしてないが、魔法の詠唱中で即座に明かりの魔法を使用できないようだ。
照明用の道具を取ろうと懐に手を伸ばすが、シャツの感触があるだけだった。
思わず舌打ちする。
フィンはともかく、他三人は視界が奪われたも同然だ。
「片目を閉じて暗闇に目を慣らしなさい! 足を動かしてかく乱しながら時間を稼いで」
「分かりました!」
アズの戦闘センスは本物だ。
防戦に徹すれば、暗闇の中でもキマイラに捉えられることはないだろう。
そうするのに邪魔な木は幸い先ほどのブレスでなぎ倒されていて、それはこっちにとっては幸運だ。
「あんたの相手はこっちよ」
とはいえ、集中して狙われば目が慣れる前に危険に陥る可能性が高い。
なのでターゲットを固定する必要がある。
瞬時に近づき、邪魔をしてくる尻尾の蛇をいなしてキマイラの体毛を掴んでよじ登る。
蛇が何度も噛みついてきて、その度に歯が合わさる鋭い音が耳元で聞こえて煩い。
鬱陶しくなったのか、獅子の頭が強引にこっちに向く。
口の中で大きな火が生成されるのが見えた。
だが体が大きいということは、それだけ予備動作も分かりやすい。
それに生成された火が灯台のように周囲を照らす。
少し後ろに控えていたエルザがその明かりを頼りに接近し、メイスを前足に叩きつける。
姿勢がズレてフィンの頭上を巨大な火の玉が通り過ぎていった。
ジリジリと火の熱を感じながら背中に乗ると、一気に獅子の頭に近づく。
蛇の尻尾が迫るより早く、両手の短剣を獅子の目に突き付けた。
「――――!!」
巨大な怒号が響く。
短剣を突き付けただけではなく、捩じることでダメージを増やした。
腕にキマイラの血が飛び散る。
触れた部分が火傷するように熱い。
普通の血ではないようだ。
目は重要な器官だが、頭ごと再生するキマイラ相手では少しの時間稼ぎにしかならない。だが、痛みが無くなるわけではない。
尻尾の蛇が迫ってきたので、短剣を引き抜いてキマイラの体から降りる。
再びアレクシアの魔法が放たれた。
同時に明かりの魔法が展開される。
今度は二つの頭を巻き込んで燃やしたが、残った山羊の頭が放った冷気のブレスで鎮火されてしまう。
焦げた頭から炭化した部分が剥がれ落ち、新しい頭が顔を出す。
「厄介ですわねぇ」
「三つ一気に斬り落とすしかなさそう」
フィンやエルザには不可能だ。
アレクシアの魔法にはそれだけの火力はあるが、山羊の頭が放つ冷気が属性的にそれを相殺してしまう。
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