第442話 豪雨の中で

「酷い雨ね」

「しばらくここで足止めだな」


 帝国へと向かう道中、豪雨に襲われた。

 寒暖差の激しい時期なので天気が崩れやすいのは分かっていたが、嵐かと思うほどの勢いは予想していなかった。


 道中に身を隠す場所もなかったので止む無く少し進んだが、すぐに地面がぬかるんでラバの足取りが不安定になる。

 もしこけて足の骨を折ったりしたら大事だ。


 壁かなにかを作って貰おうと思ったが、泥になってしまってはアレクシアの魔法で操作するのも難しいらしく断念した。

 屋根のある馬車の荷台にすら雨が吹き込んでくるので、このままでは商品がダメになる。

 御者台など防水のフードをかぶっていても下着まで濡れる有様だ。


 どうしたものかと思っていたら、近くに森があった。

 急場を凌げればいいということで、協力して即席の小屋を作ることにする。


「私が木を切るからどんどん敷いていって」


 アレクシアがそう言って火の短剣を生み出すと、それを木の幹に当てる。

 すると当たった場所に刃が沈むように入っていった。

 あっという間に枝をカットし、皮を剥いて板状に加工していく。


 小屋と言っても木の板で地面と周囲を囲って、木の皮と枝葉を使った屋根を固定しただけの代物だ。

 それでも森の奥、そして大きな木の下に作ったので殆どの雨風を防ぐことができた。

 ラバたちが休めるスペースも用意していたら思ったより時間がかかってしまい、周囲は真っ暗だ。

 アレクシアとオルレアンが明かりの魔法を用意しなければ蝋燭の小さな明かりで過ごすことになっただろう。


「下着までびちょびちょです……」

「袋に詰めてた替えは大丈夫ね。といってもまず体を拭かないと」

「ちょっと、こっち見ないでよね!」


 中央で焚き火を起こし、濡れた服を着替える。

 全員服を脱いで水気を絞り、タオルで濡れた体を拭く。

 緊急時に恥ずかしいと言ってられないので小屋の中で全員がそうする。


 フィンは特に恥ずかしいのか絶対に見るなと念押ししてきた。

 びちゃりと濡れた服が床に落ちる音がする。

 外で絞り、焚き火の熱が届く場所で乾かすことにした。

 服と下着が並んでいるのはなんというか、シュールだな。


 アレクシアの魔法を使えばすぐに乾かすこともできるのだが、急いで乾かしたところで外があれではどうしようもない。

 魔力の温存も兼ねてこうした。


「どうぞ」

「ありがとう」


 アズからタオルを受け取り、頭を拭う。

 アズの方を見るとまだ下着姿だった。


「ほら、風邪ひくよー」

「わっ」


 先にタオルを届けてくれたのだろう。

 そんなアズをエルザが頭からタオルをかぶせてた。


 全員が着替え終わった頃には、豪雨の音も慣れて気にならなくなってきた。

 だが焚き火に当たっていてもまだ体が冷える。

 水に濡れた時間が長すぎたのだろう。


 鍋を取り出し、木の枝を使って焚き火の上に固定した。

 アズに水を出してもらい、鍋で沸騰させる。

 そこに脱穀した小麦と粉にしたトウモロコシの粉末を入れる。

 バターと砂糖。そして具と出汁になる燻製肉を刻んで投入した。


 湯気が小屋の中を覆い、さらに温度が上がった気がする。

 鍋の中は小麦が煮えて、トウモロコシの粉末のせいかトロミがついてきた。

 粥の完成だ。すぐにできて栄養があり、なにより体の中から温まる。


「できたぞ。これを食べれば温まるだろう」

「あら、美味しそうね」

「良い匂いがします」


 それぞれの皿にたっぷりと注いで渡していった。


「いただきます」


 早速スプーンで掬って少し冷まして口に入れる。

 冷ましたにもかかわらず、喉を焼くような熱い感触を感じた。


「あつっ」

「急いで食べ過ぎだってば」


 誰かが冷まさずに食べたようだ。

 口の中を火傷するぞ。


 食べ終わる頃には体がかなり温まった。

 ラバたちにはわずかに粥の残った鍋にミルクを注いだものを温めて、皿に移して飲ませた。

 鍋も奇麗にできてちょうどいい。


 落雷の光が小屋の隙間から見えた。

 それから少し経って音が響く。


「ここに落ちないでしょうね……」

「あら怖いの?」

「違うっての。心配してるだけ」

「まあ、落ちるとしたらすぐそこの大きな木だろう」


 フィンが音に少しだけ驚いていたのをアレクシアは見逃さなかったようだ。

 それより近くに川があるかどうかの方が心配だ。

 増水して溢れたりしたら小屋ごと流されかねない。


 豪雨で現在地の確認もできないし、確認しにいくわけにもいかないので音を頼りにするしかないだろう。


 焚き火を囲ってぽつりぽつりと会話をする。

 無言になると豪雨の音だけが響いて気が滅入るというのが全員の意志だった。


「ちょっと黙って」


 下着の上にシャツだけ被ったフィンが立ち上がり、耳に手を当てた。

 なにか聞こえたのだろう。

 言われた通り静かにする。


「アレクシア、あれやってよ。魔法で周囲を探るやつ」

「こんな環境だと精度が低いんだけど」


 アレクシアはそう言いつつ、探知の魔法を発動させる。

 元々は迷宮で使用することを前提に生まれた魔法らしく、豪雨の中で生き物の多い森で扱うには不向きだ。


「なにかが近づいてきてる。これは……群れ?」

「後から来た私たちが気に入らないんでしょうね。あるいは腹が減ってるのか」


 すぐにオルレアン以外は武器を手に取って立ち上がった。

 なにかの群れは小屋にまでは入ってこないだろうが、どうにかしないとラバたちが食われる。


「折角体を拭いたってのに……」

「今度は替えもないわ。最悪ね」

「早めに片付けよ」

「そろそろ来るわ」

「靴が濡れてて気持ち悪いです !」


 そうしてアズたちが飛び出していった。

 オルレアンと共にその後ろ姿を見守る。


 雨で視界も悪く見えずらいが、どうやら襲ってきたのは狼のようだ。


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