第441話 残念美人ラミザさん

 それから帰宅してお土産のクッキーを置いて、これからの輸送計画を立てる。

 カイモルは騒動の最中にアーサルムへの輸送から戻ってきたようなので話を聞く。


「私が見た限りだと普段と変わりない様子でしたけどねぇ。物価もそれほど変わってなかったかな。でも納品した品物はすぐ買い手がついたみたいです」

「なるほど。後は引き継ぐから店をよろしくな」

「分かりました。こっちはやっとくんで好きに動いてください」


 カイモルの頼もしい言葉に頷く。

 ついでにお土産のクッキーも持たせた。いくらうちに大食いが多いとはいっても大量に貰ったので減らさないと。

 妹と食ってくれ。


 まず倉庫の確認から。


「たいした量はないんじゃない?」

「ま、うちの店の規模だとこんなもんさ。真冬以外は捌けるのが早いわけじゃないからな」


 燃える石が大きめの袋に三つ。

 一つは置いておかないと品切れになるから持って行けるのは二つか。

 馬車の荷台はまだがら空きだ。


 次に知り合いの商人たちの店を巡る。

 世間話をしつつ、燃える石の在庫を訪ねて余分があれば相場で買い取った。

 集めている理由はお得意様から大量に要求されたからにした。

 これなら買い集めて目立っても問題ない。


 嘘も方便だ。

 儲かるから、なんて言ってたら足元を見られる。

 知り合いとはいえ、相手も商人だ。その辺は抜かりない。


 売れ残りの燃える石が多少集まった。

 きっと仕入れすぎているやつがいるだろうと思ったぜ。


「よいしょっと。結構地味なことしてるのね」

「商人は足が基本だ。規模がデカくなってもやることは変わらん」

「ご主人様に買われるまでは、商人は右から左に物を流してるだけだと思ってた…」


 アレクシアに買い取った荷物を運んでもらう。

 安く買って高く売る。

 他人に任せるほどそこから得られる利益は減るものだ。


 胡坐をかいているとあっという間に置いていかれる。


 次は鉄鉱石だ。

 とはいってもこの都市の近くに鉄鉱山はない。

 この都市に集まる鉄鉱石は消費される分だけだ。

 それを強引に手に入れてアーサルムに売りに行こうものなら、何を言われるかわかったもんじゃない。

 ジェイコブも庇ってはくれないだろう。


「というわけで帝国に鉄鉱石を買い付けに行く」

「あんな目にあったのに……あんたマゾなの?」

「いや違うが。儲けのためならどこへでも行くだけだ」

「まあ石ころを買って帰るだけならそれほど危なくもないか。……前回は麦を届けてお使いに行かされたんだった。今回は無しにしてよ。帝都に行くなんて以ての外だから」

「分かってる。ちゃんと忠告は聞くよ」


 家に戻り、全員を集めて帝国に行くことを告げるとフィンからなじられた。

 皇太子のせいで命の危険にさらされてから、それほど日が経っていないのもある。

 帝位争いは恐らく加速しているだろう。

 血で血を洗うような場面もあるはずだ。

 頼まれても帝都には行かない。


 だが、その分ダンターグ公爵に借りも作れた。

 公爵夫人からの注文も届けなければならない。

 その帰りに馬車一台分くらい鉄鉱石のまとめ買いをしても問題ないだろう。


「私も連れていってもらえるのでしょうか? 公爵様に挨拶をしたいのですが」

「構わないぞ。公爵様も喜ぶかもしれんな」


 オルレアンの願いを聞く。

 連れて行くのは手間もたいしたものじゃない。

 こういうところで小さな信頼を積み重ねていかねば。


「また皆で行くんですか?」

「ああ。道中も安全じゃないしな」

「分かりました。すぐ準備してきますね」

「そうしてくれ。頼んだぞ」

「はい!」


 アズはオルレアンを連れて奥に引っ込む。

 旅の準備も慣れたものだ。任せて大丈夫だろう。


「エルザとアレクシアは一緒にラミザさんの所へ行こう」

「はーい」

「人使いが荒いわねぇ。まあいいけど」

「めんどくさそうだから私はあっち手伝うわ」


 フィンはそう言ってアズを追いかけた。

 用意が終わるまでサボるかと思ったのだが、自発的に手伝ってくれるとは。

 なんだかんだであいつも馴染んできてるのかもしれないな。


 ラミザさんの店で頼んだ分を受け取る。

 量が量だけに馬車がかなり埋まってしまった。

 だがラバたちは平気な顔をしている。

 こいつらにも世話になっているな。今度奮発して林檎でも差し入れてやるか。


「これで頼まれてたのは全部だね」

「ありがとうございます。公爵夫人に面目が立ちそうですよ」

「ならよかった。私はこの儲けでしばらく実験しようかな」

「爆発はさせないで下さいよ……」

「分かってる分かってる。私もまだまだ試したいレシピがあるから」


 ラミザさんは国家錬金術師の資格を持ち、この都市でも一番の腕前だ。

 ポーション類の売り上げや、うちの店のように香料など色々な調合品も納めている。

 そして麻薬対策の飴もラミザさんに一任されていた。


 この都市で一番稼いでいるのはこの人かもしれない。

 ではその稼ぎをどうしているのかというと、魔物や迷宮から採れる貴重な素材を買い集めては新しい調合を試しているとのことだった。

 以前生活費以外は全てつぎ込んでいると言っていた気がする。

 殆どは失敗するらしいが、わずかな成功で新薬が生まれるという。


 新薬が都市から病を一つ根絶したこともあるらしい。


 凄い人なんだが、やっぱりそうは見えないんだよな……この人。

 美人だし胸も大きいのにひとり身なのはそう言う理由もあるのだろう。

 小さい頃は憧れていたものだが。


「この石鹸使うと肌の張りが違うのよね」

「良い香りだと思うわ。本当にご主人様が考案したの?」

「女性が好きな香りは研究したからな」


 そんな話をしながら、準備を終えたアズたちと合流して再び帝国へと向かう。


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