第440話 この人が王位を継いでくれないかな
アナティア嬢の言葉に一礼し、こっちも挨拶を返す。
「またお会いできて光栄です。アナティア様」
「お世辞は挨拶くらいで十分よ。それにしてもここに居るとどうしても落ち着かないのよね。一応私にも王家の血は流れてるんだけど……」
退屈している、といった感じで黄昏てみせた。
気を抜いていいよという合図も含まれていると判断した。
「お手伝いした宿はあれからどう? 結構忙しくて楽しかったからまたお邪魔したいのだけど」
「せめてお客として行ってくださいませ、お嬢様」
「ケチ。退屈なのは分かってるくせに。ここに居ても来るのは公爵家目当ての連中ばかり。ティアニスも長話には付き合ってくれないし、足に根が生えちゃうわよ」
メイドが嗜めるが、分かってるという風に答える。
多分よく繰り返される光景なのだろう。
「多少問題はありましたが、順調に運営できてますよ。立場上難しいと思いますが、是非また来てください。皆喜びます」
「あらそう。なら良かったわ。厄介な連中に目をつけられたと聞いて心配だったの。太陽神教はどこにでもいるのね」
……さすが公爵令嬢というべきか。
本拠地ではない王都でも十分な情報収集能力を有している。
もう一つの王家と呼ばれるのは伊達ではないか。
「そうですね。私もかなり迷惑を被ってますよ」
これは事実だ。
太陽神教と関わって良い記憶が一つもない。
牢屋に入れられたのすら、あいつらが悪いという気さえしている。
嫌がらせできる上に金も稼げるなら、やる気も出るというものだ。
「なのでバロバ公爵のお手伝いをしたいと思ってます。具体的には鉄鉱石と燃える石をアーサルムにお持ちしようかと」
「なぁんだ。そのことで来たのね。てっきり暇な私を気遣って遊びに来てくれたのかと思ったのに」
右目を閉じて不満そうな顔をされた。
それだけでも絵になる。
ティアニス王女がもう少し年齢を重ねればこうなるのだろうか。
いや、そうなるにはあの王女には色々と足りないものが多い。
この人を見習ってもう少しお淑やかになって欲しいものだ。
騒がしい原因は半分くらい従者のカノンだが。
能力はともかく、なぜあんな落ち着きのない人物が王族の片腕をしているのか疑問だ。
「私が直接様子を見てきますよ。都市のことが気になるでしょう」
「あら、ありがと。そういえば貴方に免税特権を差し上げたんだったわね。なら直接お父様の所へ持ち込めば買い取ってくれると思うわ。手紙も用意するから持っていってくれる?」
「もちろんです」
メイドがすぐにペンと紙を用意する。
ただの手紙で羊皮紙ではなく紙を使えるのか。
すぐにアナティア嬢は筆を走らせた。
文字は完璧な美しさだ。教養の高さが伺える。
待っている間にお菓子を用意してくれた。
至れり尽くせりだ。
ティアニス王女とは違いお客扱いされてる感じがする。
小さめのカップに香ばしく焼いたスフレをスプーンで食べる。
すると砂糖の甘味が口に広がり、バターの風味を感じた。
材料もケチってない。買えばいくらするだろうか。
アナティア嬢の分とは別にこっちに四つ出してくれたのだが、アレクシアが気に入ったようなので三つ渡すと嬉しそうにしていた。
お土産に持って帰れないのでここで食べるしかないのが残念だ。
「それ美味しい?」
「はい。とても美味しいですよ」
「ならよかった。アレクシアも気に入ってくれてるから嬉しいわ」
「ええと……。美味しいわ」
アレクシアが照れて顔を伏せる。
しかし食べるのを止めないあたり本当に気に入ったようだ。
書かれた手紙を封筒に入れて溶けた蝋で閉じる。
そこへ公爵家の紋章が刻まれた指輪を押し込み、冷えて固めれば完成だ。
「それじゃあお願いしますね。私は落ち着くまで帰ってくるなと言われてるので」
「お預かりします。必ず公爵にお渡ししますので」
「よろしくお願いしますね。それにしてもフットワークが軽いというか……。初めてお会いした時はお父様とオークションで出会ってこれを売り込んだ結果なんでしょう? それぐらいじゃないと商人として生きていけないのかしら?」
「どうでしょう。ただアナティア様が商人になったら成功しますよ」
「あら。どうして?」
「貴女みたいな美人に勧められて商品を買わない男はいません」
「お世辞は無しでいいって言ったのに。でも嬉しいわ。ありがとう」
実際のところ、嘘とは言い切れない。
美人が売るのとそうではないのとでは売り上げが変わるのだ。
男とは美人に弱い悲しい生き物だから仕方ない。
うちのメンバーも売り子をやらせれば結果を出すので経験則でもある。
ただあからさま過ぎたのかアレクシアに肘で腹を突かれた。
アナティア嬢はこっちを信頼してくれるので話しやすいのだが、これ以上アレクシアの機嫌を損ねないためにも引き上げるか。
「それじゃあ失礼します。お菓子ご馳走さまでした」
「もう帰るの? また来てくれるわよね?」
「もちろん。アーサルムから帰ったらすぐに顔を出します」
「約束よ」
立ち上がり、部屋を後にする。
ちなみにお土産としてクッキーを貰った。
暇すぎてお菓子作りをしているらしい。
あのスフレもそうなのだとか。
だから美味しいと言ったら嬉しそうな顔をしたのだろう。
あの人が王位を継いでくれないだろうか。
国民にとってはとてもいい国になりそうだ。
それだけではやっていけないだろうが、そこは支える人物が頑張ればいい。
別館から移動中に、仁王立ちしているティアニス王女が待ち構えていた。
カノンはいないようだ。
「私じゃなくてアナティアお姉さまの所に行ってたのね」
「はい。アーサルムのバロバ公爵のところへ行くのでお伝えしておこうかと」
預かった手紙を見せる。
「……ふぅん。ならいいわ」
アナティア嬢の後ろ盾があれば問題ないと踏んだのだが、やはり効果はあったようだ。
「でも忘れないでよね。あんたの飼い主は私なんだから。私の仕事に手を抜いたら許さないわよ」
「分かってますよ。では失礼します。あ、これどうぞ」
貰ったクッキーの一部を渡そうとすると、両手で防がれた。
「やめて。いらない……。出来る度に持ってくるから太るのよ。あんたたちが貰ったんだからあんたたちで食べなさい」
「そうですか」
年頃の少女らしい悩みもあったようだ。
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