第439話 買い手がいるなら後は売るだけです

「やっぱりやってみるもんだな。失敗して上手くいかなかったこともあるが、宿の事業がこんなに早く軌道に乗るとは」

「カズサちゃんの人柄も大きいと思いますよ」

「もちろん分かってるさ。やる気があるし度胸もある。変わり者の多い冒険者を相手にしてきたからかコミュニケーション能力だって高い」


 帰り道にエルザと話しながら移動している。

 うちにいるメンバーの中では年齢が一番近いからか、話しやすいんだよな。

 司祭なのに世俗のことにも詳しいし、視野が広い。

 ちょっとアプローチが強引だったりするのが困るが……。


「お手伝いは楽しかったですけどねー。ずっとあんなに忙しいのは久しぶりだったかも」

「迷宮やら依頼でも忙しさは緩急があるだろうしな。人気のある飲食の仕事は向いてないと務まらないくらいに大変だと聞いていたがあれ程とは」


 戦場と言ってもいいくらい厨房もフロアも忙しかった。

 軽食ということでメニューを絞って効率化してあれなのだから、レストランなどはとてもできる気がしない。

 まあレストランを開くとなると飲食系の組合が関わってくるから、そのつもりはないのだが。

 宿のついでにやるぐらいが丁度いい。


 店だけを運営していた頃から考えるとかなり環境が変わった気がする。

 アズを買ったあの日が転機だったのは間違いないだろう。


 家に戻ると、アズとオルレアンがエプロンをつけて夕食を用意している最中だった。

 川魚のフライと豆のトマト煮を二人で調理したという。

 匂いを嗅いでみると食欲をそそる良い匂いがした。


「旦那様、お帰りなさいませ」

「ご主人様、お帰りなさい。夕食がもうすぐ完成しますよー」


 匂いにつられてかエルザの腹の虫が鳴る。

 少しだけ恥じらうように顔が赤くなった。


「もうお腹ペコペコです」

「そうだな。一息ついたら俺も腹が減ってきたよ。二人とも助かる」

「いえいえ。私は参加しておりませんでしたし」

「私もちょっと寝たら元気になったので大丈夫です!」


 早く食べるために皿を出したり、運んだりと二人を手伝う。

 副菜としてニシンの酢漬けと野菜の塩漬けも出しておいた。

 すると匂いが届いたのかフィンやアレクシアも顔を出してくる。


 豆のトマト煮は少し塩が強かったが、汗をかいた後だからか体に染み渡る気がした。

 川魚のフライはソースをつけて野菜の塩漬けと一緒にパンに挟んで食べると絶品だった。

 海の魚も美味かったが、やはりこっちの方が舌に合う気がする。


 今日は珍しくお代わりまですると、アズが嬉しそうに皿を受け取って注いでくれた。

 夕食を終えた後は宿に戻るオルレアンを見送り、書斎に戻る。

 律儀にこっちに頭を下げてから移動していった。


 どうやら戻ってくるまでの間にオルレアンが粗方の仕事を片付けてくれたらしい。

 確認が必要な書類が整えられて机の上に置かれていた。

 何枚かめくると、商人組合から最新の相場表が送られて来ていた。


 銀の取引をしていた頃は穴が空くほど見つめていたのを思い出す。

 あれは良い小遣い稼ぎになった。


「これはまた派手にやってるな」


 相場表の数字を見て思わず呟いてしまった。

 確認したのは燃える石と鉄鉱石の値段だ。

 どちらも前回に比べて三割は値上がっている。

 アーサルムが軍事行動のために物資を買い集めている影響だろう。

 王国中の相場が動くほどに、だ。


 カソッドでこれならアーサルムではもっと高く値が付いているに違いない。



 鎧や剣、馬の防具にも使われる良質な鋼材を大量に用意するためには膨大な鉄鉱石とそれを溶かすために炉を高温に熱する燃える石が不可欠になる。


 目敏い商人はもう動き出しているに違いない。

 うちの商会もここに焦点を合わせて一気に稼ぎたいところだ。


 まず燃える石に関して考える。

 冬も過ぎて温かくなってきた。暖房に使われる燃える石の需要はこれから一気に減少していく。

 お得意様の鍛冶屋へ納品する分と、多少店に並べる分以外はアーサルムに輸送してしまおう。

 大規模な買占めは目をつけられるからしないが、付き合いのある小さな店から買い集めるくらいはしてもいいかもしれない。


 鉄鉱石は……本来うちが扱う品物じゃない。

 一般家庭や冒険者に需要が一切ないからだ。

 鍛冶屋に頼まれて周辺の都市から適当に買い付けて、手間賃を上乗せして売るくらいの規模でしか扱ってこなかった。

 在庫も一旦酒と共にアーサルムに送り出したので今はない。


 しかし、販路として帝国から買うことができて、それを喉から手が出るほど欲しがっている客がいる。

 ここに商機があるのだ。なら商人としてやるべきだろう。


 スムーズな取引のためにも、明日はアナティア嬢に一度会って一筆書いてもらえないか相談するとしよう。

 アーサルムの役に立つし、アナティア嬢が味方になってくれればティアニス王女も口を出してこないはず。


 予定を立てて今日は寝ることにした。



 次の日、アレクシア以外は休みとする。

 全員休みでもよかったのだが、未だに一人は誰か傍にいた方がいいと言われたのでアレクシアに頼んだ。

 ティアニス王女の元には連れていきにくいが、面識もあるアナティア嬢相手なら問題ない。


 王城に滞在していると聞いているので王都へ移動し、城門でアポを取る。

 するとすぐに返事が返ってきた。

 半日は待たされるかもと思ったが、どうやら暇をしているようだ。


 王城の離れの別館に案内された。

 どうやら客人用の館らしい。


 館の中では見覚えがあるメイドたちが働いていた。

 王城のメイドとは制服も違うので分かりやすい。

 アナティア嬢の身の回りは彼女たちが全て行っているようだ。


 きっと安全確保も兼ねているのだろう。

 ……貴族も大変なのだな。

 王国内だとアナティア嬢くらいしか同情する貴族もいないが。

 ジェイコブは頼りになるし良い人なのだがおっさんに同情する気はない。


「いらっしゃい、ヨハネさんとアレクシア。よく来てくれたわ。暇してたの」


 奇麗な笑顔で出迎えてくれた。


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