第438話 猫の手亭はカズサに任せた

「みんな元気になって感謝してたよ。なにかあったら私に言いな。また協力するからさ」

「いえ。これも務めですから」


 アオギリと握手をかわし、診療と治療を終えたエルザを伴って帰路につく。

 わざわざ治療を求めるくらいだから重度の病気の人もいたと思うのだが、エルザの腕前は相当なようだ。


 比較対象も居なかったし分からなかったな。

 家の中だとそもそも実力を見せてもらう場面もないか。


「ご苦労だったな。疲れたんじゃないのか?」

「あら、心配してくれてありがとうございます。でも大丈夫ですよ? 癒しの奇跡は私にとってはそれほど負担じゃないので」

「そうなのか? そういえば聖水も一晩でたくさん作ってたな」

「あれは物理的に疲れましたけど……。こう見えて私結構すごいんですからね」


 エルザは両手を後ろで組んでこっちに振り向く。

 そして可愛らしい笑顔を見せた。


「そうか。ならこれからも頼りにさせてもらおうか」

「任せて下さい。ご主人様」


 ふふ、とからかうように言った。


 帰り道に一度カズサの様子を見るために猫の手亭に寄る。

 屋台で冷たい果汁を買っておく。

 人数分のコップを持っていけないので、エルザの水筒に詰め込んで貰った。

 チンピラを追い返した後は任せっきりにしていたのでこれくらいはしないと。


 猫の手亭は今日の分の軽食提供は終わっており、宿部分のみ営業していた。


「ヨハネさん、お帰りなさい。姉さんは厨房にまだいると思います」

「分かった。ありがとう」


 カズサの弟が出迎えてくれた。

 水差し用のコップがあったのでそれに果汁を注いで渡す。


「ありがとうございます!」


 年頃らしく、素直に喜んでくれる。


 言われた通り厨房に行くと、仕込みは終わったのか従業員の姿はなくカズサとジプシー姉妹だけが残ってなにやら会話していた。


 雰囲気から仕事の後のリラックス兼お喋りだろう。


「お疲れさん」

「あ、オーナー! エルザさんも」


 カズサが立ち上がって出迎えに来てくれた。

 姉妹も一緒に来る。

 こういう所がサービス業に向いていると思う。


「あれからこっちはなにもありませんでした。オーナーの方はどうでした? 首謀者を捕まえるってことしか聞いてなくて」

「私たちのせいですよね。本当になんと言ったらいいか」

「もう、言ったでしょ。あんたたち姉妹はもう身内なんだから、そんなこと言わなくていいの。ですよねオーナー!」

「分かった、分かったから落ち着け」


 鼻息の荒いカズサを鎮める。

 エルザの生暖かい視線を感じる。


「まあとにかく立ち話もなんだ。座って話そう。飲み物も買ってきたんだ」

「あ、じゃあコップ取ってきます」


 準備を整えて、果汁の入ったコップに口をつける。

 甘酸っぱい味が気分をスッキリさせた。


「結論から言うと、二人を騙そうとした連中はもう来ることはない。組織丸ごと壊滅させた」


 アオギリとうちの連中でアジトというアジトを粉砕した。

 構成員のチンピラも一緒にぶっ飛ばして役人に引き渡し済みだ。

 叩けば埃の出る連中だから、恐らく炭鉱か塩湖に送られて長期間労働服役になるだろう。

 楽して稼ぐために他人を騙すよりはその方がよほど社会のためになる。


「えぇ……。あの、オーナーさんは小さな商会の旦那様なんですよね? その、怪しげな人じゃないですよね?」

「これくらい普通じゃない? やられたらやり返すもんだし、そうしないといいようにされちゃう」


 姉の方がドン引きしながら恐る恐る聞いてきた。

 なんせ暴力をより大きな暴力で潰した形になるので、そう思うのも当然か。


 カズサの方はそれほど気にしていないのだが、これは冒険者寄りの価値観を持っているからだ。


「うちの旦那様はやる時はやりますからね~」


 エルザも呑気な声でそんなことを言う。


「あー、まあ用心棒も居たからな。それにエルザも含めて有力な冒険者パーティーが専属でいるから出来たことだ。やっている事業はどれも健全だから安心してくれ」

「……確かに。この宿は普通ですし、条件も良かったです」


 納得というほどではないが、ひとまず胸の内に仕舞ってくれたようだ。

 うちは品行方正をモットーにしている。働いているうちに分かってくれるだろう。


 オーエンやネフィリムのことは伏せておいた。

 話しても仕方ないし、彼女たちの本題とは離れてしまうからだ。

 大切なのはオーエンが捕まり、強引に当てのない女性を絡めとろうとする集団が一つ減ったことだろう。

 いや、もしかしたら一つどころではないかもしれない。

 裏で糸を引いていた可能性すらある。


 これでルーイドから麻薬も供給されていたらどうなっていたことか。

 きっとオーエンはそれを使っただろう。

 都市一つが機能不全を起こしていたかもしれない。


「カズサ。心配事も片付いたし、このまま任せて大丈夫か?」

「うん。お客さんの入りも少し落ち着いたし、新しい子たちも頑張ってくれてるから問題ないよ。手伝ってくれて本当にありがとう。アズやアレクシアさんにも伝えておいて」

「言っとくよ」

「お願いしまーす。それじゃあ厨房閉めるから、二人ともまた明日」

「お疲れさまでした」


 お開きになり、残っていた果汁のジュースを飲み干して席を立つ。

 宿の空室率も低いし、基本的には後はカズサに丸投げで大丈夫だろう。

 冒険者向けの宿を想定していたのだが、思ったより行商人が利用しているらしい。


 これでまた手が空くから、別の仕事に注力できる。

 期間限定で関税撤廃してくれているアーサルム向けの鉄鉱石事業を本格的にやるとするか。

 なんせ、公爵令嬢のアナティア嬢から直々に近況も聞けたのだ。

 かなりの儲けが期待できる。

 それに鉄鉱石は使い道がいくらでもあるので最悪売れずに抱え込んでも問題ない。


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