第437話 聖母エルザ
風呂から出た後、公衆浴場前の軽食売り場で移動しながら食べれる物を買う。
汗と風呂で脱水しているので冷えたお茶も人数分購入した。
ぞろぞろとサンドイッチや串焼きを片手に食べながら歩く。
「飯まで奢ってくれるとは気前がいいじゃないか」
「ちょっとお金を使うだけで印象が良くなるなら、それくらいはね」
「違いないねぇ。ケチな客にはうちの連中もやる気が出ないって言ってるよ」
性産業というものはお互いの距離が近く肌が触れ合う。
もちろん見た目の好みなどもあるだろうが、仕事でやっている以上は羽振りの良い客にはサービスしたくなるのが人情だろう。
「とりあえず取り持ち婆さんに報告して、その後カズサのところへ行くか。エルザ以外は家に戻って休んでていいぞ」
「そうさせて貰います」
「お疲れー」
人数が多すぎるのと、早く休憩させたいのもあって二手に分かれる。
アオギリとの約束もあるし、エルザがいればこっちは十分だろう。
アズたちと別れて娼館街へと向かった。
「あの嬢ちゃんたちはあんたが個人的に雇ってるのかい? 奴隷の子も、そうでない子も」
「ああ。支援する代わりに色々と働いてもらってる。そこから分け前を貰う感じだな」
「私兵みたいなもんかね。相当な腕前と経験があるようだが」
「冒険者業もやってますからねー。普通の兵士よりはずっと強いと思いますよ」
「だろうね。私もそれなりの実力はあると思ってたが、中々どうしてやるもんじゃないか」
アオギリはこっちのことを色々と聞いてきた。
どうやら変わった集まりだと思って面白がっているようだ。
きっと酒の肴にでもするつもりなのだろう。
悪い人物ではないと判断したので答えられることは答える。
奴隷に偏見もないようだし、エルザが創世王教だと分かっても気にしないようだ。
お互いの話をするうちに取り持ち婆さんの所へ到着した。
扉をノックして開けると、うたた寝をしている最中だ。
喋らない少女がこっちに向かって頭を下げてきたので、手を上げて返す。
リリという名前だったな。
話していた時は凄みを感じるほどだったが、こうしているとただの老婆にしか見えない。
苦労が刻まれたような顔のしわが長年の人生を物語っている。
人によっては軽蔑するような仕事かもしれない。
だが、大切な仕事だ。
この娼館街で働く女性が食い物にされないのは、この取り持ち婆さんの存在が大きい。
うちの店から納品している商品からもそれは伺える。
ポーションやストレスを和らげるお香なども納品リストにあるからだ。
……商品価値の維持なのかもしれないが。
「なんだい、気持ちよく寝てたのに」
気配を察知して起きた。
やれやれ、と言いながら吸いさしの葉巻から灰を落とし、口に咥える。
リリがマッチを擦り、火を起こして葉巻に火をつけた。
取り持ち婆さんは味わうようにしてゆっくりと葉巻を吹かし、煙を吐く。
「で、首尾はどうだったんだい。先生も付けたんだ。良い報告を聞きたいね」
「良い報告ができなきゃ来ませんよ」
「はは。言うようになったね坊主!」
からかうように笑う。
成人して大分経つというのに、この人の前だといくつになっても子供扱いされそうだ。
「とりあえず首謀者は領主に引き渡した。他にも色々と余罪があるから外にはもう出てこないだろう」
「おっと余計な話はいいよ。荒らしに来た新参者が捕まったならいいんだ」
トラブルはごめんだよ、と言った感じで遮られた。
知っただけで厄介事に繋がることは多いと経験で知っているのだ。
「アオギリさんの協力は助かりました。凄まじい強さですね」
「うちの用心棒だからね。名前が知れ渡ってからは乱暴者も少なくなったよ」
そうだろうなと思う。
単純な比較は難しいが、彼女はアレクシア並みの強さはありそうだ。
そんな相手に喧嘩を売る度胸がある男などそうはいない。
それでも少なくなったということはゼロにはならないのか。
「それで婆さん、話の途中で司祭様が病人を見てくれることになってさ。実力は確認済みだ。構わないだろう」
「へぇ……」
じろじろとエルザを見た。
エルザは気にせず微笑んでいる。
「本人も私らも気をつけちゃいるが、それでも仕事柄どうしても色々とあるさね。同じ女としてちょっとしんどい思いもするかもしれないよ」
「慣れているので大丈夫です。神に使える身として、色々な人を治療してきました。偏見もありませんよ」
「頼むよ。伏せている娘たちの中には精神的に弱っている娘もいるんだ。そんな時に司祭様に嫌な顔をされたりしたら、治るものも治らないからね」
生半可な気持ちで拘るなという意思表示だった。
エルザは任せて下さいと一言返事をするのみだ。
「こっちへ来てください」
リリが先導する。
エルザと一緒に行こうとすると止められた。
「男性の方はご遠慮ください」
「というわけです。ここで待っていてくださいね。ヨハネ様」
ふふ、と笑ってエルザはリリにつれられて奥へ行った。
「坊主……そんなんだからまだ嫁がいないんだよ。あの子は死んじまったしねぇ」
「たしかに今のはちょっとデリカシーに欠けていましたが、余計なお世話です」
結婚はしてないだけだ。
たしかにあいつの影響がないとは言わないが、そんなことを考える暇もなかった。
「どうする? 暇なら遊んでいくかい? 私が相手をしてもいいけどね」
アオギリはそう言って胸を強調する。
筋肉が目立つが、スタイルもいいし気の強い美人という感じだ。
男としては是非とも相手をお願いしたいのだが。
「遠慮しておきます」
「なんだい、私じゃ物足りないって?」
「そうじゃありませんよ。一晩泊まることになるので仕事がね」
「旦那……つれないねぇ」
仕事を理由に断ると、微妙な空気になってしまった。
仕方がない。今はスケジュールが厳しい。
「ま、それならこれでも吸いな」
新品の葉巻を貰う。
先を嗅ぐと甘い匂いがした。
火をつけて一度だけ吸うと分かる。これは良いものだ。
「ちょっと分けてくれよ」
アオギリに渡す。
美味しそうに葉巻を吸った。
そうして暇をつぶしているとエルザが戻ってきた。
少しだけ疲れているようだが、達成感のようなものが感じられる。
「終わりました。皆さん元気になりましたよ」
リリは相槌として頷く。
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