第436話 命の洗濯を
さすが本職というべきか。
フィンの施したオーエンの捕縛は見事なものだった。
手足は全く動かせる余地がなく、舌を噛んで自害できないように布を噛ませてある。
今は気絶しているものの、目を覚ましてもこれではなにもできないだろう。
「年齢が上だからって舐めんじゃないっての」
際どい勝負だったはずだが、見事にフィンは制して見せた。
こっちもアオギリが大火傷を負ったものの、犠牲なく相手を倒せたのは僥倖だ。
「もう十分だ。……これなら跡も残らないさね。司祭様は大した腕だ。よければ病に臥せってる子を見て欲しいんだけども」
エルザの治療を受けたアオギリが驚く。
手足が千切れたくらいなら治療できるというだけのことはある。
ネフィリムを掴んだせいで焼けただれていたアオギリの両腕が、ゆっくりとだが回復していった。
時間を掛ければ重症の火傷でも治療できるのか。
もちろん高位の司祭であるエルザだからこそだろうが......たまに広場で司祭の治療が受けられることがあるのだが、こぞって集まるわけだ。
その際はお気持ちという名目でお布施を受け取っており、ヒール屋などと言われて冒険者の司祭が小遣い稼ぎにしている。
「あんたには世話になった。エルザ、それが礼になるなら構わないよな?」
「ええ。困っている人たちに癒しの奇跡をもたらすのは大切な使命ですから。全ての人たちにそうはできないのが心苦しいですが」
「それは仕方ありませんわ。目の前に居るならまだしも、苦しんでいることすら分からないなら治療のしようもないから」
落ち込むように言ったエルザの言葉にアレクシアがそう言う。
アレクシアの言う通りだ。
手を伸ばして誰かを救う余力があったとしても、それは手を伸ばせる相手に限られる。
ネフィリムのいた場所には錫杖と燃え尽きた聖書が残されていた。
なにかしらの証拠に使えないかと思ったが、錫杖は熱で変形しており聖書は判別不能なほどボロボロだ。
少し触ると崩れてしまった。
手についた炭をぬぐう。
縛り上げているとはいえ、オーエンがいつ目を覚ますか分からない。
それにもし彼らに迎えがいたとしたら様子を見に来る可能性もあった。
長居は無用だ。
地下通路の入口は二度と使えないようにアレクシアに破壊してもらう。
目印の小さな洞窟も吹き飛ばせばこっちから侵入するのはもう不可能だろう。
ジェイコブにはカソッド側の入口を教えればいい。
本来なら指示を仰ぐべきなのだろうが、カソッドに住む一住民としてこんなものは一刻も早く無くすべきだと決断した。
住人は誰も知らず、外敵のみが知る通路など百害あって一利なし。
「これは私でも同じことをしますわね。こんなものが領内に通じていたなんて胃に穴が空きますわ」
「この都市に来てからジェイコブの胃薬の量は大幅に増えたらしい。気の毒だな。ラミザさんの調合したよく効く薬を差し入れした方がいいかもしれない」
「それって半分くらいはあんたのせいじゃない?」
「いやいや、そんなわけないだろ。むしろ俺は問題解決に奔走してるくらいなんだが」
「あんたがそう思ってるなら、きっとそうなんでしょうね」
フィンは大きくため息をついた。
含みのある言い方だったが、深く追及するとしっぺ返しが来る気がしたので流しておいた。
トラブルは呼んでもないのにやってくるんだよ……。
本来内部に居るはずの我々が城門の外から来たので一悶着あったが、王女から預かっている身分証が役に立った。
確かめたいなら領主であるジェイコブに確認してくれと言えば通れる。
「あの、ご主人様。こういうことの積み重ねで心労がたまるのではないでしょうか?」
「アズ。そうは言うがこうしないと入るのに一日はかかるぞ。城門は通れるときはすんなり通れるが、一度足止めを食らうととにかく足止めが長い。市民権もあるから入れないということはないだろうが……」
「それなら仕方ないですね」
アズは察した顔で少し気まずそうに笑った。
ここで足止めを食らうとティアニス王女から任されている仕事に影響する。
そうなればジェイコブだって困るのだから、よりマシな方を選ぶしかない。
少なくともそのつもりでこうしている。
連れてきたオーエンは罪人だと説明した。
どうやら指名手配されていたらしく、慌てて来た役人と警備兵に引き渡した。
ろくな目に合わないだろうが、何人もの女性を太陽神の贄にしたのならば当然の報いだ。
「とりあえずお風呂に入りたいです……」
「そうね。あの結界のせいで汗が凄いわ。順番を待ってられないし、公衆浴場に行きましょうよ」
「分かった。労うのも俺の仕事だからな」
カソッドに入ってまずは公衆浴場に向かい、全員分の料金を支払う。
ここは広い風呂で有名だ。
フィンもいるし、奴隷であるアズたちが絡まれる心配はないだろう。
奴隷の印は普段は隠しているとはいえ、裸になればアオギリにも分かる。
事前に伝えたが、特に気にしていないようだった。
「娼婦には色々な娘が来るんだ。奴隷だからって別に色眼鏡で見たりはしないさ。……それにしても女三人とは中々お盛んだね」
少しこっちを見る目が変わった気がするが、気のせいだと思いたい。
戦闘の疲れもあるだろうから長風呂になるだろう。
サッと風呂に入って汗を落としたら、全員分の着替えを用意して風呂の管理人にアズたちへ渡してもらうように伝える。
せっかく風呂に入ったのに汗を吸った下着や服を着るのは気分が悪いだろう。
「ちょっと気が利きすぎてどうかと思いますわ」
「私は嬉しかったですよ!」
「商人って大変なのね」
「こういう下着が好きなんですか?」
予想通り長風呂のあと、お礼と共に微妙な評価を貰った。
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