第433話 太陽神教の高位司祭ネフィリム

 オーエンが暗殺者なのには驚いたが、蛇の道は蛇ともいう。

 対処したフィンがそのまま受け持ってくれたので任せる。

 後で臨時ボーナスを支給しないとな。


 一人で動いたということは、手に負えない相手ではないという判断だろう。

 オーエンを遠ざけてくれたので、こっちはあの大男に集中できる。


 問題があるとすれば真夏の日中のような気温が体力を削ることだ。

 フィンならそう簡単にスタミナが尽きることはないだろうが、長引くほど不利になる。


 ……真っ白なローブに金糸で編まれた太陽の刺繍。

 それに巨大な錫杖。

 男のあまりの大きさに面食らったが、特徴を捉えれば太陽神の高位司祭なのは明白だった。

 カソッドの教会で何度もみかけた衣装だ。


「間に合ってよかった。小さな範囲とはいえ神の世界を模倣するなんて……思った以上に力を取り戻してるのかしら。私がいる限りあんな不意打ちは通さないわ」

「聞きたいことはあるけど……後にした方がいいわね」

「私はどうでもいいけどねぇ。長生きするコツは知り過ぎないことさ」


 エルザがロザリオを掲げたままネフィリムと呼ばれた大男を睨む。

 アレクシアは気になっている様子だが、それどころではないと即座に切り替えた。

 アオギリは仕事に関係ないことは気にしないようだ。


「私は祝福とあいつの力を無効化してるから動けない。後はよろしくね」

「分かりました。ご主人様を燃やそうとしたんですよね。なら容赦はしません」


 アズが剣を抜いて前に出た。

 心なしかかなり気合が入っている気がする。


「忌々しい創世王の使徒の力を感じる。だが未熟。司祭と未熟な使徒が生き延びていたということか」


 ネフィリムは天に掲げていた錫杖を下ろし、まるで幽鬼のような死んだ目でアズとエルザを見る。

 他は眼中にないようだ。


「趨勢は決したというのに、いまだに諦めぬのは灰王だけではないということか。その所為で十分な数の巫女を確保できておらぬ」


 灰王。カタコンベでエルザとアズが出会ったという魔物と化した古の国の王か。

 創世王教の信者だったとたしか言っていたな。

 どうやら知らない所で太陽神教に対して色々とやっているらしい。


「新しい巫女を確保しようと足を伸ばしてみればこうして遭遇するとは……運が良いのか悪いのか分からんのう」


 ネフィリムは右手を顎に持っていき、さする。

 どうしようか考えているようだ。


 随分と上から見るじゃないか。

 図体がデカいと自然とそうなるのか?


「こないならこっちから行かせてもらおうかしら。幸い準備する時間も有ったし。アズと貴女。前衛は任せるわ」

「あいよ」

「はい」


 ネフィリムが動き出さないことを好機と見たのか、アレクシアが戦斧の先を相手に向ける。

 そこから魔法により複数の火の槍が生み出され、一斉に発射する。


 それを合図にアオギリとアズが突っ込んだ。


 ネフィリムは錫杖を握りしめ、それを振り回して火の槍を弾く。

 力で強引に魔法を無力化しているようだ。

 もしくはあの錫杖になにか効果があるのかもしれない。


 火の槍は弾かれた瞬間に目隠しのように小さく飛び散った。

 それに紛れてアズが地面を蹴り、剣を両手に握り足に触れる手前まで目一杯振りかぶる。


 そしてそのまま全力で振り下ろした。

 ネフィリムはその一撃を錫杖で受け止めようとする。


「ぬっ!?」


 最初は片手だったが、止まらないと見るや両手に切り替える。

 異様に長い腕が一気に押し込まれ、頭に触れる寸前でなんとか止めた。


「その目。使徒ユースティティアの継承者か!」


 拮抗する力比べの最中にネフィリムが叫んだ。

 アズの虹色に輝く右目を見たのだろう。

 あれこそが使徒の力の源だとエルザが言っていた。


 アズの攻撃は受け止められて終わりではない。

 封剣グルンガウスはアズの魔力に反応して追撃を行った。


 剣から放たれた見えぬ刃に気付いたのか、大きく体を逸らして回避しようとするが左肩をえぐった。受け止める相手がいなくなり、アズの剣が地面に落ちる。


「不思議な技を使うじゃないか、嬢ちゃん」


 アオギリは大きく態勢を崩したネフィリムの隙を見逃さず、鞘から抜刀し首目掛けて刀を振る。

 刀の速度は視認できないほどで、ヨハネから見ても当たると思えた。


 ネフィリムも同じことを思ったのだろう。

 回避を諦め、左腕を間に挟んだ。

 左腕が斬られ、空を舞う。


 しかし骨に当たって軌道が変わったのか首には届かなかった。

 鮮血が勢いよく出たが、癒しの奇跡を使ったのかすぐに収まる。


「残念。今ので終わると思ったんだけど」

「……不敬というほかない。我が肉体は我が神に捧げたもの。それをこうも。やはり異教徒は生かしておけぬ。災いしかもたらさないようだ」

「っ、貴方たちがやったことを忘れたんですか! 危うくご主人様が死ぬところだったのに!」


 アズが叫びながら剣を構えて走る。

 以前太陽神教の教会騎士に殺されそうになった時のことだろう。

 あの時は本当に死ぬかと思った。

 アズが相手の腕を斬り飛ばして助けてくれたんだったな。


 未だにあの件を根に持って太陽神教に怒りを持っているようだ。

 やられた側はずっと忘れないというが、アズの怒りは相当なものらしい。


「なにを分からぬことを」


 ネフィリムにとっては身に覚えがないこと。

 同じ太陽神教ということ以外は接点がない。

 確実なのは、アズの怒りが向いているということだ。


 片腕ではもうアズの攻撃は防げまい。

 これで終わりだろう。


「仕方あるまい。我が神に、我が左腕を捧げる。引き換えに奇跡を願う!」


 錫杖を掲げると、アオギリに斬り落とされた左腕が燃える。

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