第432話 限りなく拮抗した暗殺者同士
巻き添えを出さないために、オーエンを遠くへと誘導する。
向こうもあの大男の近くでは戦いたくなかったのか乗ってきた。
誘導する際に少し剣を交えただけだが、それだけで相手の力量は凡そ分かる。
暗殺者としての実力は上の下といったところだろうか。
司祭による祝福の能力向上はお互い様だ。
エルザとあの大男の祝福には大きな差はない。
つまり、勝負の決着は私とオーエンの純粋な実力で決まる。
「驚いた。もう王国にはろくな暗殺者は残ってないと思ってたけど、そうでもないのね」
「私を暗殺者って呼ぶんじゃないわよ、おばさん」
相手の眉が動いたのを見逃さない。
ずいぶんと見た目は若いが、私の目は欺けない。
本来の年齢はもっと上だろう。所作に現れている。
「言うじゃないの、お嬢ちゃん。大人の話に首を突っ込むと痛い目にあうわよ」
「つまりろくでもない話でしょうが」
両手に握った水晶の短剣に力を入れる。
悔しいが、確実に勝てる相手とは言えない。
相手を上の下と評したが、私自身もまたその水準にあるからだ。
もちろん成長期を過ぎて技術を磨き、体がもっと出来上がってくればさらに強くなれる確信はある。
しかしそれは今ではない。
必要な時に必要な力があるとは限らないままならさ。
息を吐きだし、息を吸う。
そして精神を研ぎ澄ませて雑念を振り払った。
余計なことを考えていると足元を掬われてしまう。
今は目の前の暗殺者を足止めすることが私の役目だ。
それ以上を求めてもし私が負けたらこいつが野放しになってしまう。
アレクシアとアオギリはともかく、他の面子は不覚をとる可能性がある。
それにあの大男との戦いの不意を突かれるのは危険すぎる。
狩りを行う獣のように、手が地面に着くギリギリまで上半身を前に傾けていく。
私の身長は低い。
それは身体能力的にはデメリットだが、戦いにおいてはメリット足りえる。
地面を強く蹴った瞬間、加速の副作用で周囲の景色が引き延ばされていった。
エルザの祝福は強力だ。
こうも容易くトップスピードに辿り着く。
私の背の低さで上半身を傾け、更にこの速度で進むと相手からは消えたように見える。
並の相手なら影すら視認させぬ絶影の如き動き。
両手を広げ、オーエンの首目掛けて左右から短剣を狙い斬りつける。
格下ならこれで首を落として終わりだ。
だが相手は瞬時に屈んで体を縮ませて回避し、同時に足払いを仕掛けてくる。
私は勢いを活かして地面から体を浮かせて両足を畳むことでスカさせた。
右膝の位置がオーエンの顔に近い。
澄ました顔にそのままぶち当ててやる。
当たる直前に両手首を挟み込まれて防御された。
衝撃で大きく仰け反らせたが、これではたいしたダメージにはならないだろう。
そう判断し、追撃のために構えていたら相手は足の力だけで踏みとどまる。
ふくらはぎの血管が浮き出ていた。力を込めている。
そして今度は向こうから攻撃を仕掛けてきた。
弾けるような音と共に右手に持つ短剣で斬りつけてきた。
ギリギリ手前でかわすと、予想していたとばかりに膝が来る。
回避が間に合わないので、わざと当たりながらタイミングを合わせて首を勢いに合わせて動かす。
首の筋肉に強い負荷がかかるが、直撃するよりはマシだ。
勢いを受け流し、お返しとばかりに左足の蹴りを腹へ向けて撃ち抜く。
だが浅い。蹴りが臓器に達する前にオーエンの左手の短剣に刺されそうになったため引っ込める。
今の攻撃で口の中を切ったようだ。
少しだけ口に溜まった血を吐き捨てて、唇の汚れを拭い落す。
やはり、そう簡単には決着がつかないか。
オーエンは腹に着いた靴底の跡を払いのけ、首を撫でる。
「驚いたねぇ、お嬢ちゃん。今お互い生きていることにさ」
「殺し合いなんて日常でしょうが。私もアンタも。吐き気がするほど死臭がする」
お互いがお互いを殺せるだけの力量があることが、オーエンにも理解できたのだろう。
「あの司祭がいなきゃ楽に片がついたっていうのさ。命を掛けるなんて割に合わない仕事だよ」
「じゃあ逃げたら? 今なら見逃してあげるわ」
「そうもいかないのが辛いところだ。それはあんたも分かるだろ? この仕事で逃げていいのは雇い主が家ごと滅びた時だけさ。評判で飯を食ってるからね。蝙蝠は嫌われるもんだ」
どうだろうか。好き嫌いと信条が一致してるならそうなるのだろうが、目の前の女は裏切る時は平気で裏切りそうな気がする。
太陽神教のあんな不気味な大男と一緒に居るのもそうだが、そもそもこの女がジプシーを借金で絡めとろうとしたのが始まりだ。
ろくな倫理観は持ち合わせていないだろう。
……倫理観か。
自分で言っていておかしくなって笑いが零れた。
そんな私をオーエンは不審そうに見る。
私もヨハネに影響されてるのかもしれない。
心の中とは言え、よりにもよって暗殺者が倫理観などという言葉を使って相手を咎めるとは。
全く。善人と組むとこうも変わるものか。
「とりあえず、あんたは気に入らないからボコボコにするわ。運が良かったら死なないかもね」
気が変わった。
仕方なく仕事でついて着たつもりだったが、少しばかり気分が乗ってくる。
お人好しでこんなことに首を突っ込む、気苦労の多い雇い主のために本気で取り組むとしよう。
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