第431話 ことなる太陽

 身体を焼き尽くすような熱さが温かさに変わる。

 まるで誰かに優しく抱きしめられたような感触だった。


「……? なぜあいつらは燃えないんだ」

「ちゃんと下賜された聖痕の力は使った?」

「もちろんだ。結界と共に使ったはずだが、どうやら無効化されたようだな」


 思ったような結果を得られなかったらしく、二人ともこっちを訝しげに見ていた。

 間違いなく今しがたなにかされた。

 心臓が脈打っているのがその証拠だ。


 多分、死ぬ寸前だった。

 体の防衛本能が遅れてこうして反応しているのだ。


「エルザ、今のはなんだ」


 喉も唇もいつの間にか乾ききって喋るのに苦労した。

 相手が何かしたのを食い止めてくれたのはエルザなのだろう。

 文言と共にロザリオを掲げた瞬間に楽になったのだから。


「太陽神教の高位司祭……かな。簡単に無効化できたから、力を得てからまだそれほど時間が経ってないんだと思う」

「黒幕は太陽神教ってわけね。相変わらずろくなことをしないわ」

「敵ってことでよさそうだね」


 全員で武器を手に取った。

 詳細は分からないが、向こうからなにか攻撃されたことだけは分かる。

 戦いは避けられない。

 ただのチンピラにしてはおかしいとは思っていたが、太陽神教と繋がりがあるとは。


「あのロザリオが悪さをしているようだ」

「あれをなんとかすればいいのね?」

「そうなる、な。我らが神の恩寵を拒否することなど許されることではない」

「よく言えたものね。私たちを歴史ごと葬り去ろうとしておいて!」


 相手の勝手な言い分にロザリオを掲げたままエルザが叫ぶ。

 太陽神教に迫害されてきた創世王教の司祭であるエルザにとっては、彼らは不俱戴天の仇だ。


 その言葉を聞いた二人は顔を見合わせる。


「あの女、もしかして創世王教の司祭では?」

「もう全部殺したと思っていたが、まだ生きていたようだ」

「なるほど。我らが神の力を一時とはいえ退けた理由はそれみたいね」

「良い土産になりそうだな。王国から補給できなくなって最近巫女が減ってきている。あの女を贄にすれば遅れを取り戻せるに違いない」


 ネフィリムと呼ばれた大男は両腕を広げた。

 不気味なほど長い。


「偉大なる太陽神よ。我らが戦いを御照覧あれ!」


 その宣言と共に、再度結界が張られていく。

 先ほどとは違い、燃えるような感覚はない。

 でも暑い。気温が急激に上昇しているようだ。


「あれ……」


 アズが空を見て指を指す。


 そこには巨大な太陽が鎮座していた。

 いつも見ている太陽とは大きさも色も違う。


 なんと例えればいいのだろう。

 殺意と憎しみを煮詰めたような巨大な赤い太陽だった。

 おぞましい。まるで地獄のような光景だ。

 サウナのような暑さに汗が噴き出す。

 猛暑日でもこんな暑さにはならない。


「これがこの結界の効果みたいね。しかも普通の魔法じゃない。解除するのは難しいわ。他にも何かあるかもしれないし、補助魔法で軽減するけど長引けば長引くほど不利よ」

「難しいことは任せるよ。私は敵を斬ることに集中させてもらう」


 アオギリはそう言うと刀の鞘を掴む。

 そして雰囲気が変わった。寄らば斬る、という鋭い空気を身に纏っていた。

 アレクシアが魔法を唱えると息苦しい暑さが和らいだ。


 だがこんな暑さの中で動き回れば体力の消費は相当なものだろう。

 しかも相手はこの結界の効果を受けていないように見える。

 長期戦はたしかに難しい。


「戦いは任せる。勝ってくれ」

「もちろんです。……なんだか体の調子が良くて、負ける気がしません」


 どうやらアズはなにかしらを感じ取っているらしい。

 創世王教の使徒の力を引き継いだと言っていたのだから、エルザと同じく太陽神教に対して反応しているのだろうか。


「ふふ、あの司祭を連れていけば私も力を授けてもらえそうね」

「侮るなよ。創世王の使徒の死体はまだ未発見のものがある。その遺骸をもっていたら危険だ」

「ネフィリム。目が覚めたばかりだから仕方ないかもしれないけど、貴方慎重過ぎよ。チャンスは掴まないと、出世できないわ」


 オーエンは両腕を下へと振る。

 武器を仕込んでいたのだろう。滑るように現れた短剣を両手に握った。


「あいつはアサシンか。私が引き受けるわ。あんたたちじゃ心配だし」


 オーエンの構えを見たフィンが前に出る。

 右足で三度地面を叩く。

 次の瞬間、フィンの姿が消えた。

 そしてオーエンも姿が消える。

 同時に剣と剣をぶつけた金属音が所々で響きはじめる。


 フィンが遅れをとるとは思わない。

 残りの全員であのネフィリムという大男を倒して結界を解除させればこっちの勝ちだ。

 ネフィリムはこっちへと向き直り、錫杖を天に掲げながら叫ぶ。


「我らが神は薪を欲している。その命を捧げ神へ届ける炎を燃やすがいい。さすれば永遠の地ニルヴァーナへと至るであろう。そこで永遠の命と幸福を得られるのだ! 汝、なぜその幸福を理解しないのか」

「嘘ばっかり。地上に降りるために生贄が欲しいだけじゃない。幸福を語るだけの神に似せたなにかがよく言う」

「やはり愚か者には死こそ救いであろう。利用価値が消えたら仲間のいる場所に送って進ぜよう」


 ……ネフィリムと意思の疎通など不可能だ。

 恐らく太陽神の教義以外の一切を受け付けていない。

 だって、あいつはこっちを家畜のような存在としか思っていない。

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