第428話 荒くれ者たちを許すな
現れた女性は大きなあくびをした後、取り持ち婆さんの方に移動する。
「なんだい婆さん。今から寝ようと思ってたのにさ」
「昼行灯なあんたへの仕事だよ。こういう時のために日頃飯を食わせてやってるんだ。なぁアオギリ」
「やれやれ、仕方ない。それで仕事って?」
アオギリと呼ばれる女性がこっちを向く。
肩まである髪が両側で括られていた。
「うちの仕事を横取りしようとしている連中がのさばってるみたいでねぇ。ちょいと懲らしめて来てほしいのさ」
「なるほどね。私が呼ばれたってことは憲兵を使わずに内々にってことかい」
「そうさ。派手にやらなければあの領主なら目を瞑ってくれるだろう」
裏での抗争は表に出なければよしとする風潮がある。
人手は有限だ。勝手に治安が守られるならそれはそれでいいということなのだろう。
「誰をやるのかは分かってる?」
「いや、それはこれからだ」
「あっそう。ならとりあえずあんたについて行けば良さそうだね」
「片付けたら戻っておいで。首尾よくいけば礼もしようじゃないか」
「分かりました」
丸投げはさせてくれないようだ。
その代わり戦力は貸すという流れか。
色街の用心棒がいるなら協力したという体で言い訳も使えるし、こっち主導でやるしかあるまい。
アオギリという女性を連れて猫の手亭に向かう。
道中で軽く情報交換をしたが、どうやら彼女は遠い東から移動してきたらしい。
旅費も尽きて困っていたところを取り持ち婆さんに雇われて用心棒になったのだとか。
刀はオークションなどで見たことがあるものの、それを扱う人物は初めて見たかもしれない。
「実力は期待しても?」
「チンピラには負けないから安心するといいさ。そこのおチビちゃん相手だと片腕くらいは持っていかれそうだけどね」
「ふん。刀使いは厄介なのよね。間合いが剣とは違うし、振る速度も速いから」
どうやらフィンを相手にできるくらい実力があるそうだ。
相性などもあるだろうが、かなりの実力だな。
アオギリにはしばし宿に住み込みで待機してもらうことになった。
その間の食事はこっち持ちだ。
向こうからの襲撃を待ち、どうしても来ないようならフィンに探りを入れてもらうつもりだった。
だが、三日と経たずにその日は来る。
どうやら堪え性がないらしい。こっちとしてはありがたい。
以前来た男は、十人ほどの荒くれ者を引き連れて宿の入口を占拠する。
昼間なので食堂には他のお客さんも居たのだが、宿屋の方に逃げてもらった。
巻き添えで怪我でもされたらうちの責任になってしまう。
「この前は世話になったな。落とし前をつけさせてもらう。ついでにここに居る女全員連れていくぜ」
「うわぁ、いかにも三下が言いそうなセリフ」
フィンの意見に同意する。
現実にそんなことを言う奴がいるんだなとむしろ感心してしまった。
ジプシー姉妹は包丁を構えたカズサの後ろに隠れる。
「これが相手する連中かい? しょうもないのが雁首揃えてまぁ」
騒ぎを聞きつけてアオギリが奥から出てきた。
抱えている酒瓶を傾けて、喉を鳴らして飲む。
その直後、まだ中身があるであろう酒瓶をいきなり荒くれ者に向かって投げつけた。
男の頭に直撃し、大きな音を立てて酒瓶が割れる。
当てられた男はそのまま気絶して倒れ込んでしまった。
「なっ、てめぇ」
荒らくれ者たちは慌てて武器を抜き始めるが、その間にもうアオギリは間合いを詰めて刀を抜いている。
出来れば店の中で殺傷は控えて欲しいのだが。血は落ちにくいし掃除が大変だ。
「あれ、逆刃刀よ」
「逆刃刀?」
「意図的に切れ味をなくしてるってこと。だから血は出ないけど」
アレクシアがアオギリの方を見ながらそう言う。
途中で区切られたからなにかと思ったが、アオギリに刀を当てられた跡を見て察した。
刀は剣と同じく鉄の塊だ。
剣を叩きつけられれば、鎧は凹む。
刀を生身で斬られたら、たとえその刀が切れなくても骨折くらいはするだろう。
当たり所が悪ければ死ぬこともあり得る。
「間違いなく死ぬほど痛いですわね」
「腕がプランプランしてるぞ……」
うちの連中も含めて全員で対処しようと思っていたのだが、不意を突いたアオギリがあっという間にまとめて伸してしまった。
素人でも分かる。相当強い。
「こいつらを尋問してしょっ引くんだろ? 殺しちゃまずいし全員生かしておいたよ」
「お見事ですね……まさか一人でやってしまうとは」
「これで食い扶持稼いでるから、これくらいは楽なもんさ。女を買いに来た冒険者が暴れた時もどうにかしなきゃいけないもんだから」
アオギリの言う通り、床に倒れている男たちは全員息がある。
とはいえ痛みに呻いており、暫くはベッドの上だろう。
「憲兵を呼んできてくれ。罪状は営業妨害と脅迫と拉致未遂ってところか」
「分かりました。すぐ行ってきますね!」
「あんまり急がなくてもいいぞ。聞かなきゃならんこともあるからな」
「……ほどほどで連れてきます」
通報はアズに任せて、リーダー格の男に近寄る。
右足が曲がってはいけない方へと曲がっており、縮こまって痛みに耐えていた。
「ちくしょう、なんなんだよあの女……」
「さて、なあアンタ」
「なんだよてめぇ」
痛みに耐えながらもこっちを睨みつけてくる。
その根性は大したものだが、他に活かせなかったのだろうか。
「お前らはどこの連中だ? 拠点の場所は?」
「ふざけんな。言うと思ってんのか。こんなことして、ボスが黙ってないんだからな」
「そのボスは今ここに居ない。つまり誰もお前を守ってくれないわけだが」
新しい酒瓶をどこからか取り出しつつ、それを楽しんでいたアオギリを手招きでこっちに呼ぶ。
流石に痛い目にあわされた相手が目の前に来ると虚勢を張るのも難しいようだ。
青い顔をしている。
「こっちは正当防衛だし、今更折れた足が一本から二本になっても変わらないと思うんだが、どう思う?」
「ま、まてよ。まさか……やめ」
アオギリが鞘に納めた刀を再び抜こうとする。
ひっ、という悲鳴と共に両手を上げた。
「お、俺が喋ったとは言わないでくれ」
「どうでもいい、早く言ったらどうかね。私は酒を飲みたいんだ」
「分かった。もう勘弁してくれ」
男は観念したのか、色々と喋りはじめた。
憲兵が来る頃にはあらかた情報が手に入る。
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