第427話 色街の用心棒

 娼婦の後ろへついて行って奥へ奥へと進む。

 いかがわしさは増すばかりだ。

 とある建物の二階では上半身下着姿の女性がパイプを吹かしながらこっちを見ている。

 もし案内がなければ誘いを受けていたに違いない。

 ……仕事で来ていなければ寄って行きたかったな。


 そんなことはおくびにも出さず、真面目な表情を維持する。

 だらしない顔をしていたらどう思われるかわかったもんじゃないからな。


 他に比べて少し古びた館に到着する。


「取り持ち婆さんはここにいるよ。本当に遊ばなくていいのかい、お兄さん」

「またの機会に」


 そう言って銀貨を渡すと、娼婦はそれを受け取って楽しみにしてると囁いてから来た道へ戻っていった。


 館の扉の横にある鐘を鳴らすと、扉が開く。

 開けたのは少女だった。

 なにも言わずに手招きするので中に入る。


「客かい」


 少女の案内で奥に行くと、居間に辿り着く。

 そこにはロッキングチェアに座った老婆がいた。


 少女は頭を下げると、どこかへ行ってしまった。

 喉に傷が見えたので喋れないのかもしれない。

 老婆は葉巻を美味しそうに吸ってからようやくこっちに目を向けた。


「女を売りに来たのか?」


 しわがれてはいるが、声の力がある。

 ただの老婆ではなさそうだ。

 鋭い目付きでこっちの値踏みをしているのが分かる。


「いい女たちじゃないか。高く買うよ」

「すまないが、そういう用事じゃないんだ」

「それじゃあ女同士でやってるところが見たいから連れてきたとでも? まぁうちはそういうのも許可してるけどねぇ。若いのに業が深い」

「あら」


 エルザが頬を染めて照れてこっちを見ている。……本気にするので止めて欲しい。


「なんだい、それも違うのかい。初心だねぇ」


 からかいも交じっていたのか、若い女性にセクハラするのが楽しいようだ。

 クックックッと笑う。

 だがそれも長くは続かなかった。

 女を売り買いしないのなら、なんのためにここに来たのかと思うのは当然だ。

 こっちに向けていた視線が鋭く変化する。


「じゃあ何の用事か言ってごらん。言っておくが、冷やかしなら叩き出すからね」


 葉巻を乱暴に灰皿に突っ込み、老婆は身を乗り出す。


「……相変わらずですね。久しぶりです」

「んん? ああ、道具屋の坊主か。久しぶりだから顔を忘れちまってたよ」


 取り持ち婆さんが老婆のまま代わっていなくてよかった。

 実は店ではこの辺りにも商品を卸している。

 具体的には軟膏や毒消しポーション。

 それから海藻から取れるローションや避妊具だ。


 売り上げの柱と言ってもいい。性産業は不滅だ。


 子供の頃に何度か配達にも来ていた。

 正直刺激が強かった覚えがある。


 従業員が増えてからは配達を任せていたので、直接会うのはかなり久しぶりだ。


「で、坊主はなんの話だ。値上げならこの前したばかりじゃないか。これ以上はこっちもうんとは言えないよ」

「そんな話でもありません。仕入れ先も安定してきたのでしばらくは問題ありませんよ。……実は彼女たちがたちの悪い連中に絡まれていまして」

「ふぅん。とりあえず言ってみな」

「小額の借金を貸し付けて、その返済を清算せずに無理やり店で働かせようとしたみたいです。もちろん、普通の店じゃありません」

「そういう連中の噂は聞いてるよ。人が増えるっていうのは良いことばっかりじゃないからね。客も増えたが、トラブルも同じさ」


 新しい葉巻を勧められたので受け取って火をつける。

 甘い香りが鼻孔を通り抜けていく。高級品だな。

 老婆は灰皿においた葉巻を手に取り、続きを楽しむ。


 少し無言の時間が流れた。


「しかしそれなら憲兵を頼ればいいんじゃないか。うちに来てどうしようってんだ」

「末端は捕まるでしょうが、それ以上憲兵は動きませんよ。現場を抑えたならまだしも」


 証拠と呼べるものは証文だけだが、これはあくまで借金のやりとりしか分からない。

 違法な金貸しをしたということで下っ端は捕まえられるが、トカゲの尻尾切りでお仕舞いだろう。

 もっと上の連中はリスクを避けるために、自分たちの手を汚さずにやっているはずだ。


「だろうね。はん。裏の秩序は裏で守れ、か。このまま放置すればおかしな連中の資金源に利用されて、最後はこっちにとばっちりが来る」

「そうですね。確実にそうなると思います。お偉方に見分けがつくとは思えないですから」

「言うじゃないか」


 第二王女を思い出す。

 あの少女は潔癖な部分がある。

 もしこんな話を耳にしたらまとめて掃除しろと言いかねない。


 公爵令嬢の方は冷静に話はできると思うが、あんな清楚で良い人にこんなことを聞かせられるか。なによりもメイドに殺されかねない。


 ジェイコブなら上手く処理すれば黙認はしてくれるだろう。都市のためにもなるし、なにより脱税を防げる。

 色街は立派な納税者だ。


「リリ! 先生を呼んできな」


 先ほど案内してくれた少女がこっちに来ると、一度頷いて外に飛び出してしまった。


「それで、相手のことは分かってるんだろうね?」

「いえ全く。ですがすぐに向こうから会いに来てくれるので大丈夫ですよ」


 そう言ってジプシー姉妹を見る。

 二人には悪いが釣り餌になって貰おう。


 カズサやフィンが追い払ったとはいえ、金蔓をそう簡単にあきらめるとは思えない。

 確実にまた来るはずだ。恐らくもっと人数を増やして。


 もしくはこっちに標的を変えてくるかもしれない。


 ……うちの従業員に手を出したらどうなるか、教えてやらなければならないだろう。

 ただ商会のうちがやり過ぎると血生臭いうわさが広がってしまう。


 餅は餅屋という。

 本格的な制裁は任せてしまいたい。


 少女が戻ってくると、一人の女性を連れてくる。

 この女性には見覚えがある。先ほど上半身下着姿でこっちを見ていた。


 腰に刀を差している。どうやらこの女性が色街の用心棒らしい。


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