第426話 問題は専門家に投げよう

 話を聞く前に表の看板を閉店中に変えておく。

 これで客が入ってくることはないだろう。


 食堂の椅子を中央に集めてそれぞれ座る。

 全員に飲み物が行き渡った辺りで、ポツリポツリとジプシーの姉が語り始めた。


「一団でこの都市に来たのですが、決まりで集団で固まってはいけないとのことでした。なので妹と共に別れたんです。元々移動するために一緒になっただけなので、それは構わなかったのですが……」


 集団を強制的に解散させるのは大都市ではよくあることだ。

 同じ出身地の者が一ヵ所に集まると、どうしても不正や犯罪などよからぬことが起きてしまう。それも規模が大きくなりがちだ。

 健全な集団ももちろんあるのだが、憲兵の対処できる事態は限られている。

 なのでそうした対処がなされているのだろう。


「最初は市場で歌や踊りでおひねりを頂いて、そこから場所代を払って過ごしていました。でも、他の人たちも芸を披露するようになってから段々生活が苦しくなってしまって……」


 カソッドは帝国との国境に近いためか、規模の割に元々人の行き来は多めだ。

 最近はジェイコブの様々な施策により景気がV字回復したことで一気にそれが増加した。

 その中にはこの姉妹のように流れの芸人も多く含まれるだろう。

 この姉妹は結構美人だし、歌や踊りもそれなりのものだった。

 しかし上には上がいるもの。飽和しつつある娯楽がある中でちょっとずつ飽きられていったのだろう。


「これだけ賑わってる場所ならきっと仕事もあるから見つけようという話になって、当座の資金が必要になりました。そのお金を貸してくれたのがあの人たちだったんです」

「その借金がまだ残ってるとか?」

「いえ、きちんと利子と一緒に返済しました。でも足りないと証文を処分してくれなくて。一度でいいから手伝ってくれと言われて……その、お酒を飲む店で給仕をさせられました」

「肌が見える格好で、お酌しに行ったら触ってきてもう信じられない!」

「その時はそれ以上のことはありませんでしたが、続けていればなにかされるのは目に見えていました。なので隙を見て証文を回収して妹と逃げたんです。まさかそれでも来るなんて」

「なるほどねぇ」


 カズサが雇い主なので、主だった聞き役は任せている。

 その後ろで色々と考えていた。


 この姉妹も中々度胸がある。トラブルこそ持ち込んだが、カズサの人を見る目はたいしたもんだ。

 それに頭も悪くない。金を返した上で証文がなければ相手は手を出す根拠がないというのをよく理解している。

 証文にかけられた魔法で真偽は一目瞭然だ。


 だとすれば、連中は真っ当な金貸しではない。

 以前潰したスラムの王を気取っていた金貸しですら、それほど分かりやすい悪事はしていなかった。

 なぜなら憲兵に目をつけられるからだ。そうなれば一発で営業取り消し。大規模な商売はできなくなる。闇金としてやるにしても、規模も小さくなる。

 こっそりと、あくまで法の範囲内で搾り取る。

 表向きは善良ですという顔をするからこそ、その資格を手にしているのだ。


 恐らく連中は女を斡旋するような組織だろう。

 カソッドの住人に手を付けたらバレると踏んで、流れ者のジプシーに目をつけたのかもしれない。


 なんとまぁ、大胆というか考え無しというか。

 確かに性産業は金を生むのだが……。


「迷惑をかけるつもりじゃなかったんです。仕事を続けるわけにはいかないですよね。すぐ荷物を纏めて」

「いやいや。二人とも悪いことはしてないじゃない。ね、オーナー」

「そうだな。決まりを守らなかったのは向こうだ。それに、話を聞いた限りすぐ解決するだろうよ」

「えっと?」

「女性に裏でこっそり金を貸しつけて、無理やり望まないことをさせるってのはな。都市で一番怖い連中が許さないことなんだよ」

「ああ、そっか。そうなるよね」


 ジプシーの姉妹は何のことかよく分かってはいなかったが、カズサやフィンはピンときたようだ。


「性産業は儲かるし、たやすく悪人が手を出せる。だからちゃんとしたルールがある。それを守らない連中を娼館は許さない」


 都市の光と闇。その闇の部分を請け負っている娼館。

 性産業を一手に担う彼らにはプライドがあり、従事している者たちを守る義務がある。


 よりにもよってそこに手を出したのだ。

 憲兵よりもよほどおっかない。

 幸い、ちょっとした伝手がある。今回の話を伝えればすぐに動くだろう。


「証人として二人一緒に来てくれ。エルザとフィンも。他はここに残って仕事を頼む」


 娼館街はちょっとアズやカズサには刺激が強すぎる。

 オルレアンにも見せない方がいいだろう。


「ええと、行ってらっしゃい」

「……はぁ、早く帰ってきてちょうだい」


 よく分かっていないアズと、何事か察したアレクシアに見送られて娼館街へと移動する。


 スラムのあった南側に近い南東にカソッドの娼館は固まっている。

 もし色々と運命が違えば、アズたちをここに送っていたかもしれない。

 一歩踏み込むだけで雰囲気の違いが分かる。


 治安の悪さとは別物の居心地の悪さ。

 まだ日が明るいというのに淫靡な雰囲気を感じる。

 もっと遅い時間には下着姿の美女が客を招くために表に出るだろう。


 ジプシー姉妹は完全にこの空気に怯えているものの、多少信頼されているのかきちんとついてきている。

 フィンは特に気にしていないようだ。

 仕事柄何度も来ているはずだ。

 エルザも動じていない。


「お兄さん、連れと一緒に一晩どう?」

「悪いな。取り持ち婆さんに用があるんだ」

「ふぅーん。残念」


 声を掛けてきた女性は品試しをするようにこっちを眺める。

 服は肩が丸出しになってて、スカートも短い。

 男好きのする格好だ。


「案内してくれるなら料金を払うが」

「あら、気前がいいのね。こっちよ」


 取り持ち婆さんはこの娼館街を取りまとめている代表のようなものだ。

 話をするならこの人にするのが一番いい。

 娼婦に案内してもらえば客だと思われて声もかけられないし、銀貨を数枚くらい安いものだ。



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