第423話 猫の手亭 人員募集中

 人を雇うのは難しい。

 しかしここはカズサに任すと言ったからには、逐一口を出すのはよくないだろう。

 問題を起こさないように対策するのも大事だが、スピードを重視しなければいけない時もある。そんな時は問題が起きてから対応するしかない。

 そんな時にこそ協力すればいい。

 大切なのは柔軟な判断だ。


 というわけでお嬢様方が居なくなってからも日々営業を続けながら、終業後に面接をすることになった。

 人気があるのは知れ渡っているようで、店に応募の紙を張っただけでもかなり応募が来た。

 小間使いしか仕事がないような子供が来るのではと予想していたが、制服が評判だからか年頃の若い少女も何人かいる。


「美人が働くお店って言われてるみたいですね」

「ああ、なるほど。ここで働ければ美人の証明になるわけですね。ふふ、面白い」

「別に美人かどうかで採用するかを決めるわけじゃないんですけど」


 面白がるエルザに対して、カズサは不服そうな顔をしている。


「まあでも店の売りにはなるかもしれませんわね。結構見られてるのは確かだし」

「エルザさんもアレクシアさんも美人ですから、その影響かもですね。アナティア様もとっても奇麗でしたし」

「あら、アズもずいぶん美人になってきたわよ」

「わっ」


 アレクシアがくいっとアズの顎を上げて引き寄せる。

 アズの顔は真っ赤になっていた。


「なにをやってるんだ……」

「平和ねぇ。ボケちゃいそうだわ」

「不満か?」

「別に。命の危険もなくご飯が食べれることに文句なんて言わないわよ。腕は錆びないように訓練してるけど。私は別に戦闘狂じゃあないから」


 フィンはテーブルに肘を立てながら周囲を眺めている。

 ……そう言う割にはオセロットコロシアムで出会った時はかなり好戦的なように見えたのだが。


「あれはポーズよポーズ。そういう風に見せて観客を沸かせるとオッズも上がるでしょ。あの時はとにかくお金が欲しかったからなおさらね」

「だからこそ縁ができたと思えば、文句を言う気にもならないな」


 後片付けを終えたので、面接を始めるため他の面々は家に戻った。

 人手が揃って仕事を任せられるようになり次第、暇な時のオルレアン以外は手を引く予定だ。

 なるべく早く揃うといいが……。


 時短のために応募者は数人一度に入って貰う。

 最初のグループはカズサの弟のレイと似たような年頃の少年少女だった。

 応募した理由や、働ける時間などを聞くうちに条件に合わないからと二人が辞退し、残り二人は合格となった。

 幼いがそれなりに仕事をしているからかハキハキと喋れるし、悪くなさそうだ。

 少年が一人と少女が一人。

 この二人には店を開ける前の仕込みや皿洗いなど裏方の仕事をしてもらう。

 店を開けたら注文を聞いたり届けたり。包丁を握らせるにはちょっとまだ若すぎるがそれ以外のことは出来そうだ。なんなら調理用のハサミを使えばいいし。


「ちゃんと聞いたことに対して答えてくれたんであの子たちは問題ないと思います。問題を起こす人って、経験上返事がずれてたりするんで」

「ほほう」


 ポーターという立場上、カズサはとても多くの冒険者たちと組んで相手を見てきたはずだ。

 ならず者というイメージが強い冒険者の中でも、トラブルを起こすものと起こさないものの見極めが大事になってくる。


 だからこそ、こういう場で相手を見極められるのだろう。

 カズサには脱帽した。

 裏切っていった子たちを事前にカズサに見て貰えれば、見抜けたかもしれないな。

 商売の時に騙されない自信はあるのだが、そういうのとは別の能力が必要だとしみじみ思う。


 給金は仕事の忙しさを考えてそれなりに設定した。

 二人の年齢を考えればかなり高いと思う。

 他の店との掛け持ちを希望する子も多く、残念ながら多くは辞退したが名残惜しそうにしていた。


 効率化した厨房や雑用のことを考えると、慣れれば裏方はカズサを含めて三人でやっていけると思う。

 後は表で働くホール担当か。

 こればかりは体力が必要だし、お客さんに対応する以上はあんまり幼い子は雇えない。


 だからといって大人を引き入れてカズサと対立されても困る。

 難しい塩梅だ。

 目立つからとか、出会いがありそうなどといった理由で応募してきた子たちを弾いて帰す。ここを劇場かなにかだと思っているのだろうか。宿の食堂だというのに。

 男の応募者はもっとひどい。見て分かるレベルで下心満載だった。

 確実にトラブルを起こすだろう。落とすと悪態をつかれた。


 最後に入ってきたのは二人の女性だった。

 使い古されたローブを身に纏っている。

 顔が似ているので姉妹だろうか。

 二人とも薄い茶色の髪をしていた。


「ここで仕事が貰えると聞いたんですが……市民権は必要ですか?」

「人頭税さえ払っているなら構いませんよ」

「そうですか、よかった。私たち実はジプシーとしてこの都市に流れ着いたんですが、あまり上手くいかずに困っていたんです。どのような仕事でもやりますから、雇っていただけませんか?」


 美人の割に薄汚れた格好をしていると思ったが、ジプシーか。

 土地を移動しながら歌や踊りを披露しておひねりで生計を立てる旅人だ。

 そういえば聞こえはいいが、定住できない民ともいえる。

 あまり目立っても目をつけられるので、細々と隅で稼ぐしかなくその日暮らしになりがちだ。

 見過ごされなくなったら、やむなく移動して次の都市を目指す。

 定住できる場所を探して彷徨いながら、非常に厳しい生活を強いられる。

 しかし同時に誇り高い人たちでもある。

 ジプシーは決して盗みをしないとも言われており、悪事に加担することはない。

 実際にこの都市に訪れた人たちは素晴らしい人たちで、店の前を貸したこともある。


「どうします? 私はいいと思いますが」

「俺も異論はない。ただその格好は……」

「あ、すみません。このような」

「ジプシーの人とは関わったことがある。仕事をすることを選ぶ事情も分かってるさ。とりあえずこのお金で身支度を揃えるといい」


 風呂代と軽食代。制服は貸出だ。

 幸い素泊まりだが寝泊りする宿はあるらしい。

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