第422話 公爵令嬢VS第二王女?

 第二王女と公爵令嬢。

 はたして偉いのはどちらなのだろうか?


 どちらも地位そのものは親にある。

 そしてその親同士で比べれば国王が上だろう。

 しかし第二王女という次期後継者からは遠い立場を考えると格が落ちる。


 公爵令嬢は基盤を引き継ぐことが既定路線であり、そもそも王家の血も入っている。

 もし王家の人間が全て不慮の事態でいなくなれば新たな王朝をたてることも可能だ。


 となると、非常にややこしいもののこの二人の関係性において、アナティア嬢の方が有利なのではないだろうか。


 その二人が両手を組んだまま接近する。

 背やスタイルは年齢が上であるアナティア嬢の圧勝だ。

 ティアニス王女は将来に期待といったところか。


「いつまで私の後ろに居るのよ」

「貴族なら盾になるかなって思って」

「元でしょうに。しかも私は帝国貴族だったから意味がありませんわ」

「正直、あの二人の前に立ちたくない」

「あんなの社交界じゃ日常よ」

「貴族に生まれなくて本当によかった」


 盾にしたアレクシア越しにピリピリしている二人を見る。

 笑顔なのによくこんな空気を生み出せるものだ。

 老練な商人を相手にしているかのような底しれなさを改めて感じた。


「それで、アナティアお姉さまはどうしてこんなところに居るのかしら?」

「見て分かるでしょ? 働いてるの」

「ああもう、立場を考えなさいって言ってるの!」


 ティアニス王女はあっさり猫を脱ぎ捨てる。

 ただならぬ縁があるようだ。


「王城にいつまでも来ないから、どこに行ったのかと探してみたらいたのは安宿とか思わないでしょう」

「安宿で悪かったな」

「貴方は黙ってなさい! そもそもお前もお前よ。顔も家も知っててなんで働かせるのよ。なにかあったらどうするの。私の責任になるじゃないの!」


 口を挟んだらこっちに飛び火した。相変わらずねぇとアレクシアの呟きが聞こえる。

 ティアニス王女の言動は心配してるのか、それともなにかあったら困るのか。恐らく半分といったところか。


「本人が働きたいといってるなら、構わないんじゃないか? 身の安全に関してはメイドの人が管理しているみたいだし」

「頭が固いのも困るけど柔軟なのも考え物ね……」


 疲れたようにため息をつかれた。


「この仕事も結構楽しいのに」

「それは公爵家の人間だと思われてないからでしょう。それが伝われば平民はどう思うかしら。私たちと平民が普段から分かれているのは余計なトラブルからお互いを守るためでもあるのよ。アナティアお姉さまに傷をつけた平民が出たらそいつはどうなるのかしら」

「うーん、それは言われちゃうとね」


 そうなれば本人が許しても周りが許さないだろう。

 貴族にとってケジメは大切だ。

 権威があるから貴族は貴族でいられる。


 もし貴族という立場になんら権威も恐れも抱かなければどうなるのだろうか。

 特権階級である貴族は平民に比べてはるかに少ない。

 それでも血統から魔法の才能があったり、金や権力を使って強い人間を雇うか自分を強化することで平民より強いが、本気で反旗を翻されれば打ち倒されるだろう。


「素直に心配だから迎えに来たといってはどうなんですか?」

「カノンは黙ってなさい……」

「あらあら」


 ティアニス王女は咳払いをしてごまかす。

 どうやら思ったより仲は良さそうだ。

 喧嘩が始まるのではと内心ドキドキしていたのでほっとした。


「とりあえず今日一日くらいはいいでしょ? 久しぶりの外出なんだから」

「はぁ……。分かりました。終わったら王城に連れていきますからね。バロバ公爵からも言われてるんですから」

「あら、お父様も抜け目ない」


 途中でどこかに抜け出さないように、王女が隅で見張ることになった。

 暇ではないだろうに。


 昼の営業を再開すると、客は何事かと王女の方を見る。

 二人とも貴族らしい服装で、片隅に陣取って座っていても非常に目立つ。

 物珍しいのだろう。ティアニス王女はその視線に一切動じることなく我が物顔で佇んでいる。


 アナティア嬢も朝と変わらない様子で楽しそうに働いていた。

 二人とも肝が太いというか、多少のことでは動じない。

 感情を表に出すだけで不利益になる貴族にとってはそれが必要なことなのだろう。


 いや、少し焦れてきたのか王女が不機嫌になってきたな。

 アナティア嬢に対してはどうにも感情が抑えきれないところがあるらしい。


 なんとか上手く間を取り持ってもらえれば少し付き合いが楽になるかもしれない。

 ダメ元で頼んでみようか。


 昨日より更に売り上げを更新し、この日の営業も終了した。

 美人が多いらしいという口コミも広がっているらしい。

 一目見ようと押し寄せる客を捌くのは少し苦労した。

 繁盛するのは良いが、変な広まり方は客層が悪くなるから遠慮したいものだ。


 アナティア嬢に声を掛けるやつもいて肝が冷えた。

 ティアニス王女の顔が氷のように冷え切った笑顔になっていくのを眺めつつ、追い払ったが、こっちの寿命が縮まる。


 後片付けまで終わらせると、ティアニス王女がようやく立ち上がる。


「もう十分でしょ……。散歩くらいは付き合いますから、もう行きましょう」

「仕方ないなぁ。それじゃあまた会いましょうね。ヨハネさん」


 着替え終わったアナティア嬢はそう言って手を振りながら去っていった。

 お付きのメイドも律儀に頭を下げてくる。

 また会ってアーサルムの詳しい情報交換をしたいものだ。


「行っちゃった。なんだか凄かったですね」

「行動力があるというか、度胸があるというか。ただ今日はよかったが人員も解決してないから考えないとな」

「そういえばそうでした」


 片づけをしながらアズと話す。

 ずっと働いてもらえたら解決したのだが、それは無理な話か。

 フィンやアレクシアもいつもよりピリピリしていたし、短期間だからこそ成立したことだ。


 しかし無理にでも人を増やさないと、次の動きが制限されてしまう。


「あの、オーナー。色々と考えてみたんですけど、人手はなんとかなるかもです」

「そうなのか? あてはなさそうだったが」

「この都市って人が急に増えたんですよね? 小間使いをする子供たちが思ったより多いんです」

「それは……そうだな」


 労働力の価値の低さから、安い賃金で働く子供たちは一定数いる。

 最近はカズサの言う通り急激に人の出入りが増えて土地が広げられ、家も急ピッチで建てられている。その資源関係でうちの商会も潤っているのだが、同時に働きに出る子供も増えた。


「大人を雇うと下に見られそうだし、少し色をつければ彼らが働いてくれるんじゃないかなって」

「いいかもしれないな」


 孤児院から人を雇う計画は失敗したが、あれは働いてない子供たちを雇おうとしたからだ。楽して金を得ることに慣れてしまっていた。

 労働を経験し金の重みを理解しているなら、真面目に働いてくれる可能性は高い。

 それにカズサもまだ子供といってもいい。下手に大人を雇うと実務を乗っ取られる危険もたしかにある。





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