第424話 くるみの蜂蜜漬け
今日から早速雇った新人に働いてもらうのだが、連日カズサの手伝いに明け暮れていたため本業の仕事が溜まってきた。
そのためオルレアンと共に一旦その処理を優先する。
アズたちには引き続き手伝ってもらうと共に、新人に仕事の手順を教えるように伝えた。
エルザやアレクシアもいるし、そうおかしなことにはならない……はずだ。
部屋にオルレアン用の机と椅子を用意し、秘書のような感じで隣で仕事をしてもらう。
数日分溜まっていた仕事はさすがに多く、ずっとペンを走らせる音だけが部屋に響く。
「ちょっと休憩するか」
「わかりました。旦那様」
ずっと同じ姿勢でいると肩が凝って仕方ない。
それに頭を使うので糖分が欲しくなる。
お菓子箱から適当なお茶請けを取り出す間に、オルレアンがポットの方へ行き紅茶を用意してくれた。
今日のお菓子はクルミを蜂蜜に漬けて焼いたものだ。
付き合いのある菓子店が出した新作で、試しに最近店で売り始めたところご婦人方にとても人気が出ている。
ここのところ店の来客比率がかなり変わってきている。
元々冒険者が多かったのだが、香水や石鹸の評判で女性客が増えて売り上げがぐっと増えたのだ。
「甘くて美味しいです」
「くるみは旬で安いし、蜂蜜の甘さもちょうどいいな。携帯しやすいし冒険者も欲しがるかもしれん。もっと仕入れるか」
ポリポリと二人で食べる。
オルレアンは気に入ったのか、食べるペースが早い。
「宿の方は大丈夫でしょうか」
「ま、なんとかなるだろう。変な人間は入れてないし、トラブルにも対応できる人員は十分いる。どのみちずっと手伝うというわけにはいかないからな。任せることをしていかないと規模をでかくできないからな」
「もう十分な規模かと思うのですが……」
「最初に比べたら、な。だが大きくできるうちに大きくしないと、どこで横やりが入るか分からない。もちろん、無理な拡大はしないが」
保守的だった父親はリスクを極端に嫌って店を大きくすることをしなかった。
しかしその分経営は安定しており、ヨハネが若くして引き継いでも店を潰さないでいられたのはそのお陰ともいえる。
それに、安く買った土地を確保してくれていた。
なので、上手くいかなければダメになるというやり方は今でもとっていない。
アズたちを奴隷商人から買った時もそうだ。
採算がとれないような無茶な拡大は身を滅ぼす。
「心配なら仕事が終わったら様子を見に行くか」
「はい。お供します」
それから仕事に戻り、しばらくして当座の仕事を処理した。
やっぱりオルレアンに来てもらったのは正解だった。
仕事がとにかくやりやすい。
必要な書類を整理して纏めてくれたり、次の仕事の準備もしてくれる。
そして処理能力も高い。
帳簿も記入し終わった。改めて確認してみると色々と面白い。
農業は動く金がデカい分人件費も大きい。
飼料や肥料も必要だが、それでも無事収穫できた時のリターンも巨大だ。
買い手もいるので計算しやすい。
麻薬よりこっちにちゃんとお金を回せば良かったのにと思う。
店の方は順調だ。
もうじき拡張工事できる資金も溜まりそうだった。
これで父親が確保してくれた土地全てを使い切ることができる。
カイモルに任せて店の運営はほぼ手を離れたが、アーサルムへの鉄鉱石や酒の輸送。帝国への買い付けもあり今後数値は更に伸びるだろう。
アズたちに関しては水晶郷以降は便利屋的な扱いをしているので、最近あまり数字は出ていない。こればかりは仕方ないだろう。
だが数字には表れてないだけで、他の事業の売り上げに大きくかかわっているので問題ない。
猫の手亭に関しては、初期は少しの黒字が出る程度で始まるだろうと予想していた。
人件費はカズサと弟の二人だけだし、内装や外装も費用を抑えて揃えてくれた。
なので空室があっても黒字は出しやすい。
全室埋まったなら、もちろん大きな黒字だ。
軽食の売り出しも好調で、数人雇っても利益が出る。
第四の事業としてもう十分成立しているだろう。
「よし、昼も食べてないし昼食がてら様子を見に行くか」
「分かりました。楽しみですね、旦那様」
金庫に帳簿を仕舞い、立ち上がる。
オルレアンを連れて猫の手亭の軽食スペースに行くと、行列が見えた。
回転率はちゃんと維持できているようで、列は長いがどんどん動いている。
行列に並びながら様子を見ていると、雇った姉妹が早速働いている姿が見えた。
身綺麗にしており、制服もちゃんと着こなしている。
あれなら看板娘として通用するだろう。
順番が来たようだ。注文を聞いているカズサの前に立つ。
「次のお客様ー、注文は……あ、オーナー」
「日替わりを二つ。昼飯を食いに来た。今日も順調そうだな」
「ありがたいことに繁盛してます。雇った子たちも頑張って働いてくれてますよ。仕事を覚えたら給料も上げるつもりです」
「なるほどな。トラブルもなさそうだし、このまま何事もなくいってくれたらいいが」
代金を払い、ちょうど入れ替わりになって空いた席に座る。
少し待っただけで日替わりのメニューが届けられた。
厨房の方もちゃんと稼働しているようだ。
「どうぞー。あれ、昨日の……」
「仕事はどうだ? 大丈夫そうか」
「ええと、はい。仕事は忙しいですけどよくしてくれてます」
「そうか。頑張ってくれ」
姉妹の……姉の方だったか。
持ってきてくれたのは揚げた芋とパンの真ん中を開いてフライと野菜を挟んだ料理だ。大きめのサイズ。
そこに肉入りのスープがつく。
味付けも上手くできている。これで銀貨一枚ならお得だな。
オルレアンにはちょっと大きかった気がするが、成長期だからかぺろりと平らげていた。
口元についたソースをハンカチで拭ってやると恐縮されてしまった。
食べ終わったらゴミを捨てて次の客のために席を開ける。
「店が閉まる頃にちょっと差し入れしていくか」
「賛成です。冷たい飲み物がいいと思います」
働いた後の冷えた飲み物は本当に美味い。
労働の報酬といってもいいかもしれない。
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