第420話 美味しいですわ~

 店に戻ると、ミナは休憩中だった。

 おにぎりを食べている最中に邪魔をしてしまったようだ。


「ヨハネ店長……あ、今はオーナーでしたね。そんなに慌ててどうしたんですか?」

「休憩中に悪いな。ちょっとミナに話を聞けたらと思ったんだが」


 お茶で流し込んだ後不思議そうな顔で尋ねてきた。

 飲食店にそれなりの期間務めていたので、なにか聞ければと思ってきたことを伝える。

 さっと食事を済ませると早速詳しい話をした。


「宿では食事も提供するってそういえば言ってましたね。そこに荷物を届けに行ったこともありますよ。手伝いに行った方がいいですか?」

「いや、いま店の人員を減らすわけにはいかない。カイモルが悲鳴を上げるだろうな」

「あー、そうかもしれませんね。うーん、人手かぁ」

「一度直接確認して、思いついたことを言ってくれるだけでも構わない。効率がよくなればだいぶ改善するだろうし」

「分かりました。この時間ならお客さんも減ってくるし今から行きましょう」


 一応店番の店員にも声を掛け、ミナをつれて猫の手亭に戻る。

 すると、なにやら様子が変だった。


「あの、メイドさんが宿の前に立ってるんですけど……?」

「俺が出た時にはいなかったはずだが」


 ミナの言う通り、メイドが一人猫の手亭の前に佇んでいる。

 両手を前に添え、微動だにしない。


「ヨハネ様、お久しぶりでございます」

「あなたはたしか……」


 名前を呼ばれた。

 メイドの顔をまじまじと見ると、見覚えがある。

 たしかアナティア嬢が襲撃された際に庇って怪我をしたメイドだ。


「中でアナティアお嬢様がお待ちです」

「なぜここが……いや、なんでと言った方がいいか」


 メイドは答えない。

 直接聞けというとか。


 ティアニス王女に比べればずっと友好的だし接しやすい相手だが、立場は公爵令嬢という雲の上の相手だ。

 アポは……とるわけないか。こっちが世話をしなければいけない立場といえる。


 メイドを連れて宿に入ると、カズサが泣きそうな目でこっちを見た。

 アズたちも微妙な顔をしている。

 その中心にいるのはドレスではなく町娘風の衣装に身を包んだアナティアの姿があった。


「これ、美味しいわよ」

「ありがとうございますぅ……」


 つくった賄いを食べているようだ。

 褒められたアズは何とか作った笑顔で礼を言った。


 あまった食材で雑炊を作ったようだ。

 本当に気に入ったのか、お行儀よく食べている。


「お久しぶりです、アナティア様」

「久しぶりね、お元気でしたか?」

「ええ、おかげさまで……。それで今日はどうされたんですか?」

「食べ終わってからでいいかしら?」

「どうぞ」


 賄いはもうなくなりそうだ。仕方ない。後でパンでもかじるか。


「あー、カズサ。この子はミナって言ってうちの商店の店員だ。元々食堂で働いていたらしいから、ちょっと厨房を見て貰ってアドバイスをもらってきてくれ」

「はい、はい! いきます。今すぐに行きましょう!」


 カズサは渡りに船とばかりに、ミナの手を引っ張るようにして厨房へ逃げ込んだ。

 あらあら、と微笑ましそうにアナティア嬢は見送っている。


「温かい食事はやっぱりいいわよね。屋敷だと冷えたものしか食べられなくて味気ないわ」

「魔法で予防できるとはいえ、未知の毒もございます。毒見で冷えるのは仕方ありません。今回のような食事もできれば避けて頂きたく」

「心配しすぎよ。ねぇ?」

「私からはなんとも」


 振られたエルザも返答に困っていた。


「ええと、何の用事かだったわよね。お父様が本格的に戦の準備を始めたから、王都に行くように言われたの。前回の暗殺未遂のこともあるでしょ」

「あれは驚きましたね。あれから警備もずいぶん強化されたみたいですが」

「ずっと警戒するよりも安全なところに送っておきたいというところでしょう。集中したいときはいつも私を遠ざけるんだから」


 少しだけ思うところがあるのか、可愛く拗ねて見せる。


「それでこの子を連れて移動してきたんだけど、そういえばカソッドにあなたの店があるって聞いたから寄っていこうと思ったの。商人組合に聞いてみたらここに辿り着いたわ」

「それは光栄ですね」


 商人組合に提出している一番新しい申請はこの宿だ。

 なるほど、そういうこともあるの……か?


「そうそう、送ってくれてるお酒の評判は上々よ。あれなら免税した価値があるわ」

「どうせならその方がいいと思いまして。アーサルムの人たちに受け入れられたようでなによりです」

「後は鉄鉱石かな。あなた本当に手広くやってるのね。びっくりしちゃったわ」

「なんでも買い付けて売らないと生き残れないんですよ」


 そこまで把握されているのか。

 公爵令嬢の情報網も相当なものらしい。

 この様子だと送った鉄鉱石は全て公爵が買い付けた気がする。


「しかしアナティア様、もういい時間ですがこれからどうするんですか? ポータルも締め切られていますし」

「泊めてもらおうかなと思って。ダメかしら?」


 助けを求めてメイドの方を見ると、顔を横に振る。

 どうやら言い出したら聞かないようだ。


「しかし安全にも問題がありますし……」

「あなたたちがいれば大丈夫でしょ? 前例もあるし」

「応接室に毛布くらいしか用意できませんよ。お嬢様の貴女をお連れするにはちょっと」


 遠回しになんとか止めようとしたがダメだった。

 いつの間にかミナも帰り、カズサは奥に逃げてしまった。

 どこか楽しそうにしているアナティア嬢をメイドと一緒に連れて店に戻る。

 寝床のついでに風呂も提供した。

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