第419話 商売繁盛を継続するために
「ありがとうございましたー」
最後の客を見送る。
宿泊客向けの食事提供もすでに終わっているので今日は店じまいだ。
結局店を開けてからずっと客が途絶えることなく押し寄せてきた。
多めに食材を用意したのは正解だったと思う。
「疲れた……足が棒みたいなんだけど」
「もう歩けないー」
エルザとフィンが背中合わせに座り込んでいる。
これほどの忙しさは久しぶりだ。ずっと動き回っていたので疲れも相当なものだろう。
厨房でひたすら働いていたアズやオルレアンは、最後の料理を出したら気絶するように寝ていた。
後片付けはこれからなのだが、今は休ませてやるか。
逆に元気なのはアレクシアとカズサだ。
「大変でしたけど、戦場と比べたらそれほどではありませんでしたわ」
「私は事前にやってて慣れてるから……ここまで忙しくなかったけど」
極限状態に追い詰められることもある戦場と比べたら、か。
辛いことを経験すると耐性ができるともいうが、それだな。
とにかく、生き残った三人で後片付けを始める。
厨房はカズサに任せてアレクシアと二人でテーブルを拭き、椅子を逆さにして上げる。
床のゴミを纏めて捨てて、奇麗に水拭きする。
飲食に関わる以上衛生環境には気を使わなくては。
仕上げにアレクシアの魔法で床を乾かす。
「奴隷になってから戦うよりもこういうことに魔法を使っている気がしますわね」
「平和でいいじゃないか。血に飢えていたわけじゃないんだろ」
「それは……まあ、悪い気はしませんけど」
アレクシアは負けず嫌いで勝気とはいえ、人に向けて魔法が撃ちたいという物騒な欲求はない。
平和的な使い方をしたほうが魔法の応用はずっと広いと思う。
人の役に立つし、良いことだらけだ。
厨房の方に手伝いに入ると、中々ひどい有様だった。
手を洗い、清潔にした後は手分けして散らばった器具を集めて洗い物をする。
火の回りではこびり付いた焦げをアレクシアが一生懸命剥がしていた。
カズサは一番重要な仕事をしなければならないので、他はひとまずこっちで済ませておく。
その仕事とは、金勘定と帳簿。そして明日の営業のために必要な食材の確認だ。
これを疎かにすることはオーナーとして絶対に許さない。
カズサのためにもならない。
片づけを手伝おうとしたカズサにまずはこれを終わらせろと伝えている。
「……よし、終わりました。合ってます!」
受け取った金額と提供した料理の値段がピッタリ合ったようだ。
これは大変だが、終わった瞬間の気持ちよさは何物にも代えられない。
「うわ、銅貨と銀貨が凄い数だ」
「でしょ。びっくりするよね。ここから色んなお金を払うことになるかな」
復活したアズがこっちに来ると、机の上の硬貨を見て驚いていた。
山のよう、と言うと語弊があるが袋に詰めたら簡単には持ちあがらないくらいはある。
一番安いメニューは銅貨五枚。大盛で銀貨一枚。一番高いメニューも銀貨一枚だ。
銀貨だけでも二百枚はあるか。
赤字にならない程度に客が来ればいいと思ったのだが、相当なものだな。
宿の収入のついでというより、これだとこっちが本業になってもおかしくない。
銅貨は釣銭にも使うが銀貨はそういうわけではない。
なので二百食は提供していることになる。
安いメニューも相当出ていたから、実際は三百を超えているか。
オープン効果を差し引くとしても立派なものだ。
ちなみにこんな場所で金貨を使う奴がいたら顰蹙ものだ。
両替商に手数料を払う手間を惜しんでいるだけだからな。
ちなみに原価は燃料と材料費だけだ。
土地代は本業の宿で回収する前提だし、調理器具は元々あったものを修繕して使っている。後はカズサの持ち込みもあるか。
人件費は言わずもがな。
利益率は六割を超えているだろう。
売り上げは大きな店には負けていても、利益は同じくらい出ているかもしれない。
しかしいつまでもとはいかない。
「落ち着くまでは手伝いに入るが、人を早く雇った方がいいな」
「ですね。ここまで繁盛するとは思いませんでした」
繁盛した理由は実はもう分かっている。
屋台を含めて食事のできる場所はカソッドにはたくさんあるのだが、最近の人口増加に合わせて大通りに屋台が集中しているのだ。
そしてこの辺りはそこから少し離れており、割を食う形になった。
カズサの用意したメニューの値段は量を考えればかなり手頃だし、味付けもいい。
なにより一番はアズたちの接客だろう。
だからこそ軽食も許可したのだが……。
「あてはないよな」
「はい。そもそもこの都市に来てから日が浅いので知り合いすらまだいないです」
「分かってる。だから泣きそうな顔をするな」
こうしたフォローも含めてカズサのことを請け負ったのだ。
カズサにとっても、ここが頑張りどころだろう。
給料をそれなりに払えば人を集めることは難しくないが、信用できる相手かどうかは別だ。
それは身に染みて分かっている。
……そういえばたしかカイモルの妹が飲食店に勤めていたな。
彼女は店の戦力なので動かせないが、誰か知り合いはいないだろうか。
「ちょっとこっちは任せる。あまりものでいいから賄いも作っておいてくれ」
「分かりました。発注もやっておきます。もちろんしっかりしたところに!」
心地よい疲れを感じながら猫の手亭を出て店へと戻った。
まだ日は明るいがうかうかしているとすぐに夜になってしまう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます