第416話 平和な農作業
ドーナッツを食べ終わり、休憩した後は直接芋の様子を見る。
確かに開拓したエリアでは成長が始まっているのが確認できた。
本来はもっと寒い地域の作物だから育たない可能性も考えていたが、そこは土の精霊石の加護が効果を発揮したのかもしれない。
「芋ってどう増えるんだっけ?」
「あ、私知ってますよ。子供たちへの食事の足しにしてましたからね」
エルザから説明を受ける。
収穫したあとに種芋になる部分を切り分け、それをまた植えることで苗にしていくという。
上手くいけば一気に数を増やすこともできるそうだ。
「救荒作物っていわれるだけのことはありますわね。開拓した土地を埋め尽くすのもすぐじゃないかしら」
「そうしたらまた働いてもらうか」
アレクシアにそう言うと返事はなく、やれやれという顔をした。
半端な人数を集めて人力で作業するよりも、アレクシア一人の魔法の方が効率がいいのだからこうなるのは必然だ。
「ちゃんと俺も手伝うから」
「まあそれなら構いませんけど」
先のことを考えて皮算用するのもいいが、現状はまだ一画に芽を出しただけ。
きちんと成果を出していかないと次につながらないから注意しておこう。
それから全員で草むしりや手入れをした。
実験が成功したら小作民をこっちにも寄こしてもらわなければ。
収入につながるなら彼らも手を貸してくれるだろう。
結界を一時的に解除し、祠にある土の精霊石を見に行く。
前回から短い期間しかすぎてないので変化はないと思ったが、少しだけ大きくなっている気がする。
「やっぱり近くにたくさん作物があるとちがいますね」
エルザは特に違いが分かるようだ。
「一年もすればハッキリわかるくらい大きくなると思いますよ?」
「そういうものか。小さな欠片を受け取った時はどうなることかと思ったが……」
家庭菜園の野菜が大きく美味しくなるだけで終わるところだった。
「これが土の精霊石なのですか」
オルレアンが興味深そうに近づいてくるのを眺める。
彼女は火の精霊の巫女だが、精霊繋がりで関心があるのかもしれない。
すると、土の精霊石が震えはじめた。
まるで共鳴しているようだ。
「あっ」
アズの声が聞こえる。
どうやらアズの中にいる水の精霊が表に出てきたようだ。
オルレアンからも火の精霊が出現する。
火、水、土。
四大精霊と呼ばれるうち三種類の精霊がここに集まっている。
土の精霊は精霊石の状態だが、それでも反応しているのが分かる。
「後は風の精霊がいればコンプリートだねー」
「こんなところで三体もいるなんて誰も思わないでしょうよ」
エルザの言葉にフィンは呆れる。
精霊というものは会おうと思って会えるものではない。
精霊石にしても非常に価値が高く、金を積んでも手に入らない。
様々な偶然と危機を乗り切ったことで、結果的にここに集まっているだけに過ぎない。
まあ、一商人が手にしたところで宝の持ち腐れだろうが。
それでも色々な場面で役に立つのだからありがたく力を使わせてもらおう。
「……あれ、なんだか私を見てませんか?」
精霊たちの視線がアズに集まる。
アズはそれに気付いてオロオロとしているが、理由は分からない。
「前に言ったでしょ。アズちゃんは使徒の器だから。いずれは全ての精霊を宿すことになるんだよ」
「そうでしたっけ? 話が難しくてあまり覚えてないです」
「そうなるとどうなるのよ」
「創世王の力が復活する……かもね」
フィンとオルレアンには創世王の使徒云々の詳しい話はしていない。
話したところで理解が得られるような内容ではないからだ。
それでもアズの力に関しては色々と思うところがあるようで、精霊が関わっていることは知っている。
エルザはもう滅びてしまった創世王教の司祭だ。
それだけに復活に関して色々と考えがあるのかもしれない。
それらしき行動も見え隠れしている。
とはいえ、今まで不利益になるようなことはしたことがない。
アズに対しても、それ以外に対しても。
なので信用している。多少好きに動くのも構わないと思っている。
一から十まで管理するつもりもない。
「まぁ、今は関係ないよ。アズちゃんにはまだ受け入れるだけの器はないし、風の精霊と会えるか分からないから」
「それもそうだな」
精霊の共鳴はいつの間にか終わり、それぞれ元の場所に戻る。
しかし水の精霊だけでもアズの力は相当なものなのに、もし精霊が四体揃えば確かにどうなってしまうのだろうか。
興味深くじっと見ていると、アズは照れたのか視線をそらす。
「じっと見られると恥ずかしいです」
……アズはアズだ。それは変わらない。
確認を終えた後はルーイドの家に戻る。
代表たちと話す時間を作ると、そのまま宴に突入してしまった。
小麦の支払いまで収穫祭を待っていたようだ。
「すぐに渡せばよかったか」
「いえいえ。前の管理者に比べればはるかに速いので。代金もちゃんと支払ってくれてますから」
「そうか……大変だったんだな」
そうした搾取の上でまだ麻薬で稼ごうとしたのなら、相当な悪党だ。
なんとか食い止められてよかったと思える。
宴で食事と酒をご馳走になり、そのまま家で寝ることにした。
ベッドはないがフカフカの毛布はある。
乾いた牧草で作ったシーツの上でそれをかぶれば思ったよりも快適だった。
たくさん食べてたくさん飲んだアレクシアは潰れるように寝てしまっている。
エルザも似たようなものだ。
アズとオルレアンは小声でなにか話しており、フィンを巻き込んで鬱陶しがられていた。
平和だ。
ずっとこうだったらいいのになと思いながら眠りに就いた。
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