第417話 次は宿を成功させるぞ
騒がしかった日々が忙しくも穏やかな日常に流されていく。
だが、本来はこれが普通なのだ。切った張ったが当たり前では困る。
面倒な王女への報告も終わり、ルーイドはしばらく定期連絡で十分な態勢になった。
収穫前後に作業している人たちに顔を出せば十分だろう。
労いのためにたまに差し入れしてもいいかもしれないが、それくらいだ。
鉄鉱石は悩んだが冒険者を手配してアーサルムに送ることにした。
売る相手の目処はついており、商業ギルトを通して送金してもらう。
鉄鉱石の課税は商会として免除されているので、冒険者を雇っても十分すぎる利益になる。
鉄鉱石が売れたらその利益でまた帝国に買い付けに行くとしよう。
免税が終わるまでに何回かは回転できるだろう。
同じくアーサルムへ送る酒はカイモルに任せたままだ。
鉄鉱石と違って瓶が割れたら損失が出るので下手に任せられない。
売れば売るほど利益が出るので、カイモルは一回でも多く往復したいですよと鼻息が荒かった。店の利益が上がればカイモルの給金も増えるからだが、無理はしないで貰いたいものだ。
とりあえずこれからは猫の手亭のオープンに集中できる。
内装、外装はカズサが頑張って進めてくれた。経費を抑えるために自分の手で作業もしてくれたらしくありがたいかぎりだ。
趣味もいい。派手ではないが細かな部分に意匠がこらされており、居心地がよい場所になっている。
「いえ、これも仕事だと思いますし。雇って貰って本当に感謝してます」
「そう言ってくれると頼りになるよ。この仕事はきちんとやれば息の長い商売になるはずだ。なんなら事業を買い取ってもいいぞ」
宿泊業は国の認可も下りやすいし、土地がメインなので商業ギルドの既得権益にも被りにくく参加しやすい。
元々安く買った宿をリフォームして始める事業なので手放しても問題ない。
もちろん拡大できるならしたいところだが。
「いえいえ、そんなの無理ですよ。でも頑張りますね。私が頑張って繁盛すればヨハネさんの儲けにもなりますし」
気合十分といった様子だった。
冒険者の荒波に揉まれてきただけあって、地に足も付いているので空回りもしないと思う。
「仕入れ業者はこんな感じですけど、問題ありませんか?」
「どれどれ」
カズサから渡されたリストを確認する。
基本的には宿に納品するのはうちの店だ。
しかし日用品などはともかく、日々使う食材となると専門ではないので揃えるのが難しい。
宿のためだけに扱うくらいなら他所を使った方がコスト的にもいい。
商店ともいえないような小さな規模の相手が多いのが気になったが、カズサがコストと品質を秤にかけた結果だろう。
「軽食はもうやってるなら契約もしてるんだろ? ひとまずこれで様子を見ようじゃないか」
「ありがとうございます。ちゃんと調べたんで大丈夫だとは思うんですけど、やっぱりオーナーはヨハネさんですし」
「その考えがあれば心配はいらないさ」
そう伝えるとホッとカズサは安心したのかふぅと胸を撫で下ろす。
言葉通り基本的には放任というか全て任せてある。
カズサは自分から動くタイプなのでその方が動きやすいだろうし、問題も少ない。
こっちも他の仕事に集中できる。
今はさすがにオープン目前とあってアズたちも連れて手伝いに来ているけど。
軽食は宿の中の食堂を開けてスタートしている。
客の入りは悪くない。席が埋まるほどではないが、継続して客が来ている。
「はいどうぞ。注文のセットね」
「お客さん、お尻を触ろうとするのはやめてね? 次は折るから」
「野菜が足りませんー!」
厨房やウェイトレスとして皆参加している。
「これもいい経験になるだろう」
「いやあんたね、そんなこと言って人件費節約してるでしょ」
「そうともいう。暇で寝転がってるよりはマシだろ?」
「まあね。あんたのところ専属になって裏の仕事も受けなくなったし……それにしてもこの制服はなんなの」
「可愛いです」
フィンはヒラヒラとしたスカートを掴むと、それを揺らしながらそう言った。
オルレアンは気に入っているようだ。
黒猫をモチーフにしたらしく、カズサが張り切って用意した制服だ。
エルザやアレクシアが着ると少しいかがわしい気もするが、アズやカズサたちが着ると可愛らしい。
「うちの制服です。一体感が出ていいですよね」
「ふふ、結構楽しいかも」
「口説いてくるバカがいるけどね」
「仕込みが終わらないです~!」
各自楽しんでいるようだ。
アズだけは大変そうなので手伝いに入る。
「ありがとうございます、ご主人様。助かりました」
「気にするな。さっさと追いつくぞ」
「はい!」
カズサの考えたメニューは労働者や冒険者向けの濃い目の味で、おかずは少ないが主食はたっぷりと提供する感じだった。
薄利多売だが、材料のロスもなさそうだし仕込みさえ準備しておけば提供も早い。
スープや小鉢をつけることでお得感もある。
軽食を提供しつつ、ついでに宿のオープン日を宣伝することにした。
評判は悪くはないと言った感触だ。
オルレアンが泊まっている部屋以外は全て空室というのは避けられそうだった。
そして迎えたオープン当日。
準備万端で臨んだのだが、トラブルはこういう時でも起こるものだ。
「食材が来てない!?」
「うん。カズサちゃん落ち着いて。いつもはもうこの時間には届けられてるんだけど、まだ来てないね」
「そんな……ちゃんと提供してくれてたのに。今からちょっと聞いてくる」
「ダメだ。お前は責任者なんだからここにいろ。オープン初日に責任者が居ないと混乱するぞ」
決して大きい宿ではないし、普段はカズサが弟の助力を受けつつ一人で回す前提だ。
だがそれは仕事に慣れてからの話で、今は協力して成功させるために全員で手伝いに来ている。
「それはそうなんですが……どうしよう」
「食事の提供や軽食はこの時間にはまだ提供しないんだから、今できることをまずやれ。ほら、部屋に泊まる客がきてるぞ」
「は、はい」
ちゃんとしているとはいってもアズと似たような年齢だ。
やる気があり、細かいことにも気が付く観察力があっても咄嗟のトラブルにはまだ弱いか。
それを支えるためにここに居るのだ。
大人としての役目を果たすとしよう。
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