第415話 芋に期待したい
それからティアニス王女はしばし持っている羊皮紙を眺めながら考えていた。
ようやく口を開く。
「なるほど……うん。これで次期皇帝候補は大分絞られたかな。これが一番の成果ね」
「いよいよ帝国も落ち着きそうでなによりです」
「そうね。帝国がくしゃみすれば王国は風邪をひいてしまうもの。ケルベス皇太子が何事もなく引き継ぐなら上出来よ」
少し大げさな表現だと思ったが、たしかにそうかもしれない。
「撃退した後のことは分からないのよね?」
「はい。ケルベス皇太子は追撃もしませんでしたし、あれ以上は何もなかったかと」
「手を下す必要もなかったのかも。暗殺まがいの後で夜襲までして仕留められなかったんだもの。この皇族の求心力は大きく低下したでしょうね。今頃簀巻きにでもされて公爵へのお土産にでもされてるんじゃないかしら」
ダンターグ公爵が周辺の貴族に揺さぶりをかけていると言っていた気がする。
王族の視点から見るとそうなるのか。勉強になる。
「それで、お土産に鉄鉱石を持って帰ってきたわけね」
「はい。これはアーサルムに持っていこうかと」
「好きにしたら? その辺はどうでもいいわ」
先ほど管轄が違うと言っていたからか興味はなさそうだった。
「聞きたいことはこれくらいかしら……。ちょっとした食糧支援の引き換えにしては上出来ね。もしなんかあって難癖付けられても民間の取引だったと言い張れる規模だし」
「そうならないことを祈りますよ」
ティアニス王女は許可を出したに過ぎない。
なにかあれば躊躇なくこっちを切り捨てるだろう。
「改めて言っておくけど、今回の小麦は常備用の食料に回される予定だったものよ。次の収穫の際には埋め合わせできるだけの量を納めてね。保存が効くならなんでもいいわ」
「もちろん分かってます。それ込みで許可されたんですからね」
「よろしい。下手なことには拘わらず、商人らしく商売に励むといいわ」
ティアニス王女との話はこれで終わりだ。部屋を後にする。
仕方なかったとはいえ、結構色々とやった割に小言を言われる程度で済んだのは幸いだった。
多分半信半疑というか真に受けてないのか、話を盛ったと思われたならそれはそれで構わない。
「ケーキ、美味しかったですね」
「そうだな」
ケーキなんてものはカソッドではお目にかかれない。
自分で作るか、こうして王都にこないと食べられないものだ。
「少し市場を見ていくか」
「あら、いいんですか」
エルザはパッと笑顔になった。
どうやら気になっていたらしい。
フィンとアレクシアにお土産も持っていきたいので、足を先ほどの市場へと向けた。
さすがは王都だ。
市場の規模が大きい。
街の広場一帯に店がひしめいている。
客も多く活気は相当なものだ。
熱に当てられてうずうずする。ここで物を売ったらきっと楽しいだろう。
適当に店を冷やかしながら品物を眺める。
定番の屋台料理から始まり、怪しげな薬やら手作りのアクセサリーやら。
中には魔物から採取した素材を売っているものまでいた。
そういうものも売れているので驚きだ。
これだけ人が居れば需要も生まれるのだろう。
適当なアクセサリーをと思ったが、髪留めなども送ったことがある。
なので今回はちょっと趣向を凝らすことにした。
「これは……?」
イヤーカフを人数分購入する。
銀細工の手作りらしいが、よく出来ていた。
受け取ったアズが不思議そうにしている。
「縁起物だ。右耳にこれをつけていると、不思議と不幸が遠ざかるっていわれてるんだ」
「なるほど」
「似合います?」
「いいんじゃないか」
早速エルザが身に着ける。
金髪に見え隠れしているが、似合っていた。
オルレアンとアズがその様子を見て身に着けだした。
「常に身に着ける必要はない。たまーに着けるだけで効果があるらしいぞ」
「大事にします」
「私も」
それほど値が張るものではないが、喜んでもらえて何よりだ。
後はおやつとしてドーナッツをたくさん買い、ルーイドへと向かう。
ルーイドに到着し、まずは用意されている家へと向かう。
無人だったので二人はここにはいないようだ。
机の上には作物に関する書類が散らばっている。
畑の方だろうと移動すると、やはりそこに二人はいた。
首にタオルをかけている様は農作業にはよく似合っている。
「おつかれ」
「あら、もう終わりましたの?」
声を掛けるとアレクシアが反応した。
戦斧ではなく鍬を持っている。
服装も汚れても問題ないものに着替えていた。
「お金はもう渡してあるわ。分かりやすいほど喜んでいたから心配もないと思う」
「そうか。それならいいんだが」
ルーイドの人たちには頑張って貰わなければいけない。
働けば働くほどちゃんと報われると思って貰わないと仕事は続かないので一安心だ。
「疲れた。休憩よ休憩」
フィンがタオルで顔を拭きながら適当な岩に腰かける。
若いのにやけに様になっていた。
もしかしたらこういう仕事が向いているかもしれない。
アレクシアも異論はないようで、その場で休憩に入る。
オルレアンが道具袋からシートを取り出して地面に敷き、そこに座り込んで山盛りのドーナッツを置いた。
全員で手を洗い、食べる。
木の串が添えられていたのでそれで突き刺して食べた。気が利いている。
「そうだ。ほら」
ドーナッツを味わっているフィンとアレクシアにもイヤーカフを渡す。
気に入って貰えたようだ。
特にフィンは髪が黒いからかとても目立つ。
仕事柄つける機会はないだろうが、こういうのは気持ちだ。
「それで芋の様子はどうだ?」
「もう芽が出てるわよ」
「発育が早いわ。もしかしたら結構な量が採れるかも」
「そりゃあいいな」
いくら土の精霊石があるとはいえ、いきなり小麦の収穫量が大きく上がったりはしない。
ティアニス王女からのノルマ達成にはこの芋にも期待しているのだ。
それにとても甘くて美味い。
安定して採れるようになればきっといい名物になる。
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