第414話 ティアニス王女とケーキ
「そっちは頼む」
「言われなくても分かってますわ」
急遽王城へ行くことになってしまったが、アレクシアとフィンには予定通りルーイドの方へ行ってもらう。
こうなったら帰りに合流すれば無駄が少ない。
心配するなというアレクシアの態度を信頼し、そっちは任せる。
他の全員で行く用意をしたのだが、なぜかカノンも同行することになった。
一緒に行く必要は無いのではないかと思ったのだが口には出さない。
ポータルで王都まで移動し、そのまま王城へと向かう。
冬の終わりということで朝から大規模な臨時の市場が開かれていた。
オルレアンも興味がありそうにしていたし、こんな時でもなければ色々と見て回りたかったのだが、横目で見るだけで通り過ぎる。
用事が終わったら覗いてみるとしよう。
王城に入るのにも少し慣れてきた気がする。
御用達の出入り商人の立場ならもっと良かったのだが。
そしてティアニス王女の部屋に入る。
「座って待ってて」
ティアニス王女は机に座り、なにか書き物をしていた。
カノンは何も言わずにティアニス王女の方へ行き、書き終わったらしき書類を持って部屋から出ていった。
いつもよりバタバタしているような印象だ。
言われた通り、座って待つ。
やがてペンの書く音が聞こえなくなると、ティアニス王女が右手で左肩を掴んで大きく体を伸ばす。
「ん~!」
かなり長い時間仕事していたのか、ずいぶん気持ちよさそうにしていた。
「疲れたわ。甘いもの甘いもの、と」
部屋にメイドはいない。
ティアニス王女は用意されていたティーセットで紅茶を淹れて、ケーキと共に机に持ってきた。
「欲しいなら自分で取りに行ってね」
「では失礼して。こいつらの分も頂いても?」
「好きにしなさい」
朝から呼び出されたのだ。
ケーキの一つでも食べなければ割に合わない。
ケーキはホールで用意されていたので一人一切れ貰う。
紅茶は少し冷めていたが、問題はない。
何故か王女の部屋で全員で黙々とケーキを食べるという時間を過ごしている。
ケーキはさすが王族の口に入る品というべきか。
バターやクリームがたくさん使われており、一切れで銀貨十枚は下らないだろう。
エルザは味わって食べていた。
アズとオルレアンは夢中になってしまいすぐに食べ終わってしまった。
ティアニス王女は上品に食べ進め、ハンカチで口元を奇麗にする。
「頭を使うと糖分が欲しくなるわね。貴方もそうじゃない?」
「ええ、確かに。飴なんかを常備してますよ」
「あっそう。だから薬にも飴を使ったのかしら」
「かもしれませんね」
話しているうちにカノンが戻ってくる。
「それで、来てもらった要件なのだけど」
「帝国の件についてでしょうか?」
「――? カノン、話してないの?」
「はい。一刻も早く連れてきた方がいいかと思いまして」
「そう。まあいいわ。報告書のことについて詳しく聞きたいの。これ、盗み見られることを警戒して肝心な部分は伏せてあるでしょう」
机に出されたのは提出した報告書だ。
どうやらジェイコブは最速で持っていってくれたのか。
「やはり口頭以外は信用できませんので」
「魔法による隠ぺいも魔導士が居たら意味がないものね」
「はい。それではあれから何が起きたのかお伝えします」
ティアニス王女に小麦の輸送を開始した辺りからの出来事を伝える。
ダンターグ公爵の元へ無事届けたこと。
それから海路を使ってケルベス皇太子の元へその小麦を含めた食料を届けたこと。
そしてケルベス皇太子の置かれた現状と暗殺まがいの襲撃を撃退したことなど。
「……それって本当なの? 俄かには信じがたいのだけど」
「私もトラブルに巻き込まれて困りました。いきなり門を守れって無茶振りですよね」
「そういう問題かしら? 実行する貴方たちも大概だけど」
「全くです。……あの赤い髪の女は確かに手練れでしたがそれほどとは」
「元帝国貴族の出ですからね。頼りにしてますよ」
アレクシアが居なければどうなっていたことか。
あれほど完璧な結果にはならなかったのだろう。
「一応お父様やお兄様にはお伝えしたけど、多分信じてもらえなさそうね。ただの商人が帝国の皇太子を助けてきましたなんて、物語の中だけにして欲しいわ」
「囮にされただけなんですが……」
「まぁ、目的は果たせたからいいか。ダンターグ公爵は帝国の重鎮よ。理があれば動くけど恩を忘れる様な人でもない。今のところ王国とは良い関係でもあるし、今回のことで新しい皇帝が誕生してもすぐに関係が悪くなることはないでしょう」
「そうであって欲しいですよ。我々にとっては平和が一番なんです」
「あらそうなの? てっきり戦争でもあった方が儲かって嬉しいのかと思ってた」
「多くの商人が相手にしているのは市井で暮らす人たちですよ。戦争はなにもかも高くなる。若い男も兵士として連れていかれて働き手も減る。確かに一部の商人は儲けるかもしれませんが、私はごめんです」
相手が王族でもこれだけは言っておきたい。
他人の不幸で儲けているなどと思われてはたまらない。
「失言だったわ。民が安心して暮らせる国を作るのが私たちの役目だもの」
すんなりとティアニス王女は引き下がった。
王族としてのプライドがあるのかもしれない。
「それで……帝国の鉄事情なんだけど、なんでわざわざ追記したのかしら」
「私の目から見ても、帝国の海運業は優れています。鉄鉱石を出荷するイセリアはケルベス皇太子の力で発展していくでしょう。ますます帝国の鋼鉄産業は進むと思います」
その原因は海上の嵐を止めてしまったこっちの所為なのだが、それは黙って置いた。
余計なことは言わないに限る。
「鉄が安価になれば軍事力が増すわね……これも伝えておこうかしら。私の力が及ぶ範囲ではないわ。それに叔父様の周囲も最近きな臭いし」
叔父様……アーサルムを治める王国のバロバ公爵か。
太陽神連合国に対して一年の猶予を与えていたはずだが、軍事力を強化しているということは争いになると判断しているのか。
太陽神教に帝国にと、トラブルの種はいくらでもある。
王国は国力としては丁度中間なのも影響しているだろう。
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