第413話 一枚食べます?
店に戻った後は帳簿の確認をする。ラミザさんに支払うお金も用意しなければ。
金の流れを追うだけならそれほど手間ではない。
実際の処理をするのはオルレアンが来てからでいいだろう。
特におかしな流れはない。カズサも少ない予算でよくやっている。
店を任せているカイモルたちを疑うわけではないが、見もせずに任せるのは責任の放棄だ。
オーナーとして問題ないことを確認する義務がある。
事業規模が小さい時は店のことだけ考えていればよかったが、今はそうはいかない。
関わっている事業すべての様々なプランを同時に考えて進める必要がある。
全て順調にいけばいいのだが、悪い意味でその想像は外れるだろう。
今までもそうだったし、これからもそうだ。
大切なのはなにか起きた時にパニックにならずに適切な対処をすぐに行うこと。
そうすればダメージを最小限に抑えられるし、もしかしたら従来のプランよりも大きな結果になるかもしれない。
アズたちを引き取った奴隷ビジネスはその典型だ。
最初に始めた時はこんなことになるとは思わなかった。
その辺の小さな迷宮や弱い魔物退治で小銭を稼いで、儲けを増やせたらいいと思っていただけだ。
良い巡り合わせがあったからといえばそれだけだが、今では収益の柱にまで育っている。
店とアズたちの稼ぎを新しい事業に投資して育てていき、多角的に稼いでいく。
こうすればもしどれかが上手くいかなくなっても、他が稼いでくれて保険になる。
大事なのは信頼できる人間に仕事を任せることだと思う。
一人ではどれだけ頑張っても店一つ満足に回せないのだから。
そしてそういう相手にどう報いるか。
気持ちよく働ける場所と適切な給料を用意すること。
あとは問題がなければ頑張っている人を出世させる。
こうすればそれを見て頑張れば次は自分かもと思って貰えるのだ。
つらつらとそんなことを考えながら確認を終える。
今日はもう店仕舞いだ。
さっさと寝て明日に備えよう。
次の日の朝、誰かに体を揺すられた。
目を覚ますとアズとオルレアンがそばにいた。
「おはようございます。ご主人様」
「アズ様と共に起こしに来ました。旦那様」
「おはよう二人とも」
外はすっかり明るい。どうやら起きるのが遅かったので二人で起こしに来たようだ。
「どうぞ」
オルレアンから渡されたのは温かい飲み物だった。
口に含むと甘酸っぱい。
定番のリンゴ酢のお湯割りだ。
体が温まる。
「旦那様はこれが好きだと伺いました。美味しいですか?」
「ああ。うまいよ」
「うちの飲み物といえばこれ、ですよね」
アズは少し誇らしげに胸を張っていった。
確かにそう言ってもいいかもしれない。
「着替えるから部屋から出てくれ。ほら」
「手伝いますよ?」
「いらん」
「アズ様、行きましょう」
しっしっと手で追い払う。
アズは名残惜しそうにしていたが、オルレアンに引き摺られて出ていった。
着替えて食堂へ移動すると朝食の準備が終わっていた。
テーブル一杯に様々なピザが皿に盛られている。
エルザと目が合った。
「あら、おはようございますー」
「遅い! 冷めたら美味しくなくなるのよ」
どうやら今日の当番はフィンだったようで、こっちに気付いて不機嫌になる。
アレクシアもエプロンをつけているので二人で作ったのだろう。
フィンを宥めて全員で食べる。
刃物の扱いはさすがというか、具の大きさも揃えられており食感が良い。
生地はよく焼けており、チーズはとろとろだ。
美味しいピザを食べながら今日の予定を話す。
アレクシアとフィンにはルーイドに行って貰う。
小麦の代金が買掛金になったままなので、その代金を届けに行ってもらう。
ついでにアレクシアに土の精霊石の様子を見て貰う予定だ。
エルザとアズには買い物に行ってもらおう。
都市アーサルムに行くための準備もある。
それに家を長く空けていたので、色々と買い足さなくてはならない。
オルレアンはこっちの仕事を手伝ってもらう。
人数が多いと色々と手分けができて楽だ。
冒険者協会の依頼は落ち着いてからでいいだろう。
猫の手亭のオープンも控えているし、忙しい時に仕事を増やしてなにかあっては嫌だし。
残りのピザも少なくなってきた頃、いきなり玄関の扉がノックされる。
かなり乱暴だ。そもそも来客用の鈴があるというのにこんなことをするのは一人しか思いつかない。
オルレアンが鍵を開けると、勢いよく扉が開く。
そこには予想通りティアニス王女の従者であるカノンが立っていた。
不機嫌な顔で朝から元気な人だ。
「遅い! 私がわざわざ訪ねてきているのだ。早く開けないか」
「申し訳ありません」
無茶な言い分にオルレアンが深々と頭を下げる。
適当に流して真に受けなくてもいいと思うのだが、性格なのだから仕方ないか。
オルレアンの対応に機嫌を良くしたのか表情が明るくなる。
単純で心配になる。よく王族の付き人が勤まるな。
一歩部屋に入ると、机の上にあるピザに視線が行ったのが分かった。
そして腹の虫がなる。
朝食を抜いてわざわざここまで来たのだろうか。
傲慢な貴族そのものといった感じの人だが、ティアニス王女に対する忠誠心はやはり強い。
「よかったら食べます?」
「庶民の食べ物など誰が」
カノンの言葉が言い終わるよりも先にまた腹の虫が鳴った。
「……だがどうしてもというなら頂こう。私は心が広いからな」
「どうぞ」
飲み物にリンゴ酢のお湯割りを添える。
よほど空腹だったのだろう。
あっという間に一枚平らげてしまった。行儀がいいのはさすがは貴族。
「悪くはなかったぞ」
「それはよかった」
暗殺者が作ったんですよと言ったらどうなるんだろうか。
せっかくの奇麗なプラチナブロンドの髪が怒髪天を衝くのは困るので言わないでおいた。
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