第412話 色々と仕事を進める

 荷物と共にオルレアンを猫の手亭に送り届ける。

 店の更なる増築に合わせて居住スペースを増やすまではここで過ごしてもらおう。


 猫の手亭は新築と言ってもいいほど奇麗な外観になっていた。

 これなら売ってくれた婆さんも満足だろう。


 カズサにオルレアンを預ける。

 どうやら宿としての問い合わせも増えてきており、いよいよ開業するタイミングだ。

 帝国へ出かけていて話せていなかった分、色々と立ち話する。


「できれば軽食もやりたいんですが、かまいませんか?」

「手は足りるのか?」

「はい、大丈夫です。色々と安く外注できそうですし、より稼ごうかと」

「なるほど。色々やってみたらいい。どうしても困ったら相談を忘れずに」


 カズサは宿の仕事だけではなく、軽食にも手を出すようだ。

 接した感じかなりしっかりした子なので、赤字が出ない限りは宿の裁量は預ける予定にしている。


 計画を聞いた感じ、薄利多売だが上手く手間も省けていてついでにしてはいい稼ぎになりそうだ。

 ちゃんとした食材を安く仕入れるのは簡単ではないのだが……つい最近この都市に来たはずなのにもう周囲と馴染んでいる。

 本人の性格の良さと経験が活きている。


 カズサは良い商人になりそうだ。


「暇な時はお手伝いしましょうか? 私も旦那様の部下になったわけですし」

「そこまで気を使わなくてもいいが……、仕事が無い時はそうしてもらおうか」

「いいんですか? たまにでも助かりますよ!」


 オルレアンとカズサも上手くやっていけそうで安心した。


 アレクシアと共に店に帰宅し、身支度を整える。

 部屋に戻り椅子に座ると落ち着く気がした。


 とはいえ、まだ仕事は残っている。

 ティアニス王女への報告書だ。


 向こうから呼ばれればすぐ会えるのに、こっちから会うのは簡単ではない。

 相手は王族なのだから当然だが面倒だ。

 個人商店をやる最大のメリットは上司がいないことだというのに。


 代わりに広大な農地を提供してもらっているので、文句は言えないか。

 近いうちにルーイドに小麦の代金も届けなければならない。


 無事小麦を届けたことを皮切りに帝国で起きた出来事を記していく。

 特にイセリアでのことはなるべく詳細に書き記す。

 こういう情報が知りたくて送るのを許可してくれたのだろうから、ちゃんとしておかないと。


 結果的にティアニス王女の命令で皇太子を援護した形になってしまった。

 これをどうするかは向こうに任せるしかないだろう。

 皇太子が権力争いで負けたらあまり良い未来は無いだろう。

 是非とも勝ち残って欲しい。


 書類を丸めて紐で縛る。

 それから筒に入れて、ジェイコブの元へ持っていった。


 この報告書の中身は信用できる相手にしか漏らせない。

 直接渡すのがベストだが、アポを取るだけでも向こうの都合次第で何日かかるか分からない。

 それならばジェイコブ経由の方が遥かに速く届けられる。


 今のところ信用できる相手だし。


「またお前か……」

「そう言われましても。ティアニス王女に仕事を任されているので諦めて下さい」


 王女とのことで話があると伝えると、ジェイコブはすぐに会ってくれた。

 ただし顔には疲れが見える。


 あまり関わり合いになりたくないのだろう。


「これを届ければいいんだな?」

「はい。最新の帝国の事情が書いてあります」

「……確かにそれは確実に渡さねばならんな。今王都の方は次の皇帝が誰になるかで神経を尖らせている。なんせ巨大な隣国だからな」

「そうですね。王国を攻めようなんて皇帝が出てきたらと思うと、大変だ」

「これは明日届けておく。直接呼び出されるだろうから予定は開けておけ」

「分かってます」


 そうしてジェイコブに報告書を預けた。

 今回のことはダンターグ公爵とケルベス皇太子に恩を売ったし、王国の利益になったはず。


 帰る途中にラミザさんの店に顔を出す。

 店番をしながら昼寝していたので揺すって起こした。


「あら、戻ってきたんだ」


 口元の涎をハンカチで拭いながら起きる。

 本気で寝ていたようだ。


 飴の増産などかなり仕事を抱えて忙しいはずなのだが。

 そう思って奥の工房を見ると妖精が薬の調合をしていた。


「ああ、あれ? 一人じゃ手が回らなくなったから契約して作って貰ってるんだよ。そしたら逆に暇になっちゃってさー」


 あっけらかんに笑う。

 抜けているように見えて最高位の錬金術師だけのことはある。

 妖精との契約はとても難しいと聞いたことがあるのだが、こんなことまでやらせるとは。


「それで何の用事?」

「あ、ああ。ラミザさん。前に頼んだ香水と、うちに卸してもらってる香り付きの石鹸がまた大量に欲しいんだけど。それぞれ一個で一セット」

「あれねー。うん、白銀桃のエキスも在庫があるし大丈夫だよ。どれくらい欲しいの?」

「四百セットなんだけど」

「えぇ……」


 渋い顔をされた。

 だが、すぐに笑みに変わる。


「君は本当に仕事を運んできてくれるねぇ」

「それは褒め言葉として受け取っておきます」

「それだけ買うってことはまた公爵夫人? 気に入ったんだねぇ。若返りの効果もあるから気にいったのかもね」


 特別なアイテムの一つである白銀桃。

 肌が若返るほどの潤いを与え、わずかに寿命が延びると言われている。

 収穫してすぐにダメになってしまうのでその場でしか食べることは出来ない。

 以前ラミザさんの特殊な方法でエキスとして保管し、それを香料の材料とした。

 食べるより効果は劣るようだが、それでも効果はある。


 公爵夫人のような妙齢の御婦人には特に評判がいいだろう。


「早い方がいいよねぇ。前は皆で作ったっけ。飴の時も楽しかったなぁ……私も働かないとダメか」

「今回は前ほどは急がないけど、どれくらいでできる?」

「十日後には用意できるかな」

「それでお任せするよ」


 はいはーい、と返事をするとまたラミザさんは昼寝に戻った。

 起きたらちゃんと作り始めてくれるだろう。


 妖精は休みなく働くだろうし。


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