第411話 新しい部下

 カソッドから出発した時は十台の馬車を超えるキャラバンだったのに帰りは二台だ。

 だが、これが本来の規模といってもいい。

 いい経験ではあったが、またあれだけの規模を率いることはもうないだろう。

 正直足並みが揃わなかったしこりごりだ。


 やはり店舗を構えて物を売る方が性に合っている。


 昼間はもうずいぶんと温かくなっており、冬季の終わりを感じさせる。

 うちのラバたちの調子もよくなっており、足取りがスムーズだ。


「狭い……」

「二頭で引いている大きめの馬車なんですけど、荷台一杯に鉄鉱石が載ってますから」

「分かってるわよ」


 馬車の中は鉄鉱石が大半を占めており、隙間に四人が無理やり座っている。

 御者用のスペースの方が快適になるくらい窮屈そうだ。


「それほど時間もかからないから我慢しなさいな」

「降りた時に体が痛くなりそうだわ」


 フィンはそう言うと、布を丸めて枕にして体を丸めた。

 小柄だからなんとか収まっている。


 逆に色々と大きなエルザは御者用のスペースでないと座るのも難しい。


 水場を見つけたらラバたちが水を飲む間、足を止めて休憩する。

 フィンやアレクシアは馬車から飛び出すと、身体を大きく伸ばす。


「塩なんてどうですかね。やっぱり安定して稼げると思うんですよ」

「悪くはないと思うが、もう少しなにか欲しいな」


 休憩するかたわら、雇った商人とこれからなにが売れるかの議論になった。

 店を構えるこっちと、仕入れては売り歩く向こうとでは視点も扱う商品も違う。

 中々有意義な時間になった。


 固いパンをかじりながら食事を済ませ、移動を再開する。


 やがて帝国領を抜け、ようやく王国領に帰ってきた。

 心なしか空気も違う気がする。


 カソッドに到着し、城壁の中へと入った。

 道中は魔物を少し相手にするだけですんだので、予定より早く到着できたのは僥倖だ。


 店の倉庫までついてきてもらい、鉄鉱石を箱ごと下ろす。


「またお願いしますよ。運ぶだけで稼げるのは助かりますからね」


 報酬を渡した後に青年の商人はそう言うと立ち去っていった。

 輸送は人が生きていく上で必要不可欠だ。


 もしかしたら今後は輸送専門の商売が生まれるかもしれない。

 海運の重要さを感じた今では尚更だ。

 商人は儲かるものしか運びたがらない。


 もっとも、ヨハネの商会でそれをやるのは無理がある。

 輸送力がそのまま収益に変わるので馬車を何台も所有し、維持し続けなければならない。

 馬車一台でため息をつくこともあるのだ。何台もとなると維持費だけで店が傾いてしまう。


「アーサルムに運ぶまでは倉庫に詰め込んでおいてくれ」

「はーい」


 アズが元気に返事をして、テキパキと倉庫に押し込んでいく。

 エルザもそれを手伝っていた。

 アレクシアとフィンはいつもより動きに精彩を欠いていた。

 狭い中で足も伸ばせなかったからだろう。悪いことをしてしまったな。


「今日はこれで終わりだ。各自休んでくれ。オルレアンは一緒に日用品を用意しよう」

「……? 必要な物はお伝えした通りバッグに揃っておりますが」

「着替えや最低限の身の回りのものだろ? うちは福利厚生が売りなんだ。最初くらいはしっかり生活に必要な物を買い揃えるよ」

「そうなのですか?」


 オルレアンは不思議そうに、家に戻ろうとするアズたちへ尋ねた。


「そういえばそうでしたね。ここに来た日から必要な物は全部そろってた気がします」

「下着まであったのはちょっと引きましたわねぇ」

「着の身着のままで来たのに、奴隷になる前より充実してたよ」

「大体のものはあるのよねぇ。しかも使い放題なのは助かるかな」


 口々にそう言う。

 下着の件はちょっとやり過ぎたかな。

 年頃の女性に対して少しデリカシーに欠けていたかもしれない。


 いや、用意しなければそれはそれで多分何か言われたに違いない。

 やってもやらなくても何か言われるものだ。

 こういう時は甘んじて受け入れるしかあるまい。


「じゃあ私が付き添うわよ。ちょっとお風呂に入って着替えてくるからまってて」


 アレクシアがそう言って家に入っていく。

 たしかに参考意見があった方がいいか。


 アズも来たそうにしていたが、一人で十分だし体を休めるのも仕事だと伝えて諦めてもらった。

 道中も働いていたし、かなり疲れがたまっているだろう。


 オルレアンと二人で待っていると、少し経ってからアレクシアが戻ってきた。

 服装はバトルドレスからニットのワンピースに着替えている。

 石鹸の匂いが鼻孔をくすぐる。


「それじゃあ行きましょうか」


 三人で商店街へと向かう。

 消耗品の類は自分の店で調達できる。

 数日分の着替えに、タオルなどをオルレアンの好みを聞きながら買い込んでいった。


 女性は買い物好きというが、アレクシアはノリノリだ。

 オルレアンは完全に着せ替え人形になっていた。


「このようなもの、私にはもったいないかと……」

「いいのいいの。ご主人様のおごりだし、どうせ後でこき使われるんだからその分投資してもらわないとね」

「ま、否定はしない。オルレアンには事務作業を主に手伝って貰いたいからな」

「これで私も解放されるってわけですわね」


 ノリノリなのは事務作業をオルレアンに押し付けられるからか。

 その分便宜を図るという考えのようだ。


 オルレアンは表情は乏しいものの顔は整っているし、身体も成長期だ。

 何を着ても似合う。


 アクセサリーなどは欲しがらなかった。

 以前渡したものがあるからと遠慮したのでそれを尊重する。

 下着はアレクシアに一任した。さすがにこっちが選ぶまでやると女性陣に何を言われるか分からない。


 後は仕事道具を買い揃えた。

 住居は変わらず宿を使って貰う。

 それなら家具は一通りあるので不要だ。


 重くはないが嵩張る荷物を両手に持つ。


「旦那様……あの、私が持ちますから」

「これくらいは平気だ」


 とはいえ、歩き回って疲れた。

 喫茶店に立ち寄り、一服する。


「これだけあれば大丈夫かしら」

「足りなければ買い足せばいいだろう。そういえば待遇のことはまだ話してなかったな」

「私は必要として頂いただけで十分です」

「そうはいかん。対価はあるべきだ。住居費で宿代を引いてこれくらいでどうだ?」


 提示した金額はうちの従業員に渡している金額と同じくらいだ。

 オルレアンの年齢だと少し高い給料だが仕事の能力を考えれば安い。


「……分かりました。貯めておけば何かの時に役に立つかもしれません」

「よし、じゃあよろしくな」

「はい。よろしくお願いします」


 そうしてオルレアンと契約を交わした。


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