第410話 またまた公爵夫人からのお願い
レクレーヌ公爵夫人がようやく話が終わったとでも言うように手を叩く。
「お話は終わった? それじゃあ私からいいかしら?」
公爵の方を見ると頷く。
聞いてやれということか。
「どうぞ。公爵夫人」
「以前持ってきてもらった石鹸とかをセットにしたものがあるでしょう? ほとんど配り終えてしまったのだけど、友人たちがファンになっちゃってまた欲しいって催促されてるの」
「以前お持ちした香り付きのものですね」
「そう。私も使ってみたのだけど、寝つきもよくなったしリラックスできて本当に良いものよ。あれをまた売ってほしいのだけど」
公爵夫人のご希望とあれば返事ははいだけだ。
それに、望めばおそらく何でも手に入るであろう立場の人がわざわざ欲しがるなら品質は本物だ。
貴族の御婦人方の間でブランドとして認知されてると言ってもいいかもしれない。
「もちろんです。どの程度ご用意すればいいでしょうか?」
「配れなかった子からも欲しいと言われてるから……以前の倍は用意してちょうだい」
以前の倍とは……金銭感覚が桁違いだ。
一つですら庶民には少し高い値段だというのに。
以前二百個用意したので、今回は四百個。
これはラミザさんにまた頭を下げなければならないだろう。
しかしそれくらいで公爵夫人の機嫌をとれるなら安いものだ。
「王国に戻り次第すぐに準備いたします。数が数だけに少しだけお時間を頂きたいのですが」
「構わないわ。ああこれで面目も立つというものよ」
そう言って豪華な扇子を開くと微笑む。
そうすると年齢の割に若く見える。
女性の派閥というものは独自性が強い。
情報は早く手に入るが、気に入らない相手には平気で嘘をつかせるとか。
これを維持するのはとても大変だと聞いたことがある。
公爵夫人という立場なら、そういった派閥の長として振る舞わなければならない。
立場があると大変だなと他人事ながら思った。
香料の希望なども聞き入れる。
公爵との話し合いはそれでようやく終了した。
「それでは失礼します」
「うむ。また何かあれば頼るとしよう」
「よろこんでお話を聞きますよ」
そう言って部屋から退出する。
社交辞令が半分、本音が半分と思っておけばいいか。
それに鉄鉱石の買い付けと石鹸と香料の販売はこれからも継続して取引ができそうだ。
成果としては十分すぎる。
「じゃあ荷物と……それと挨拶も必要だろう。宿にいるから後で合流でいいか?」
「はい、旦那様。これから宜しくお願いします」
深々とオルレアンが頭を下げた。
うん、とだけ頷き見送りを受けた。
アテイルのことを聞き忘れたが、この様子を見ると戦時体制に入りつつあるのだと思う。
あまり長居すると変なことに巻き込まれるかもしれない。
もうしばらく争いごとはごめんだ。命がいくつあっても足りない。
馬車を預けていた宿に一度戻り、部屋をとる。
フィンは疲れたと言ってさっさと部屋に引っ込んでしまった。
十分活躍したことだし、休ませてやろう。
それからまだ居残っていた商人がいたので、捕まえてまた荷運びをさせることにした。
小麦に比べれば量は少ないものの、持っている馬車一台ではとても乗りきらない。
鉄鉱石を預けていた港の倉庫に賃料を払い、荷を馬車に移す。
アズたちが居てよかった。
一人では腰がダメになっていただろう。
「大量じゃないか。あんたも手が広いんだな」
「手広くやらないとろくに稼げない。だろ?」
「たしかに」
商人トークをしつつ、積み込みが終了した。
王国に戻り、これをアルサームに届けてようやく金になる。
金になるまでは安心できない。
シートで中身が見えないように隠し、馬車を宿に戻す。
ようやく落ち着けるようになったらアレクシアがため息をつく。
「慌ただしいわねぇ」
「最近忘れそうになるが、商人は足を使ってなんぼだ。これが普通なんだよ」
「私は楽しいですよ!」
「アズちゃんは健気だねぇ」
「元気よねー」
そんなことを話しながら宿に到着する。
するとオルレアンが宿の前で待っていた。
手提げバッグを一つ持っているだけだ。
「お帰りなさいませ。旦那様」
「ああ。荷物はそれだけか?」
「はい。着替えと身の回りのものです」
「お店に戻ったら色々と買い揃えようね」
エルザが視線をオルレアンに合わせて、そう優しく呟く。
「私にはもったいないです。これだけあれば生きていけます」
「もう自由なんだから、色々と経験してもいいんだよ。そのうえで判断すればいいの」
こういったことは同じ女性に任せた方が上手くいくのかも。
エルザもアレクシアも面倒見がいいし。
宿で一泊し、次の日の朝に出発の準備を整える。
食事は歩きながら食べれるように、屋台で買い食いする。
小麦粉を水で溶いて薄く焼いたものに野菜と肉を巻いた帝国料理を買う。
出来立てであつあつだ。
かじりつこうとして失敗してソースが頬につく。
「あつっ」
「焼きたてだから、ほら」
アレクシアに仕方ないなといった目で見られつつ、口についたソースを指でぬぐい取られた。
「あら、この味も美味しいじゃないの」
それをそのまま口にすると、感心したように言う。
いくつもすでに食べた後でなければ可愛い仕草なのだが。これでは食いしん坊みたいだ。
それから頼んでおいた商人と城壁の外で合流し、ようやくカサッドに向けて出発した。
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