第409話 公爵との話し合い

 公爵の館へ向かう道中ではかなり物々しい雰囲気に包まれていた。

 たくさんの武装した兵士たちが慌ただしく移動している。

 都市イセリアへと行く前とは全く違う雰囲気を漂わせていた。


 推測はできるものの、詳しいことは後で調べれば分かることだ。

 今はダンターグ公爵に何が起きたかを伝えるのが最優先だろう。


 オルレアンのおかげで顔パスで通してもらう。

 戻ったら報告するという約束はしてあるので、メイドに来訪を伝えてしばし待つ。


 館の周辺は不思議なほど静かだった。

 人の出入りはあるものの、最低限の人数しかいない様に見える。


「こちらへどうぞ。旦那様がお待ちです」


 メイドの案内で館の中へと通され、奥の部屋に到着する。

 部屋の中にはダンターグ公爵夫妻が座って待っていた。


 メイドは頭を下げるとすぐに立ち去っていく。


「さて、挨拶は抜きにしよう。君と私の仲だ。早速報告を頼むよ」

「分かりました」


 勧められるままにソファーに座る。

 公爵夫人に対して会釈をすると、にこやかな笑みで対応された。

 石鹸や香水のことで気に入っているようだ。


 手短にイセリアに到着してからのことを伝える。

 嵐の対策に関しては、魔法でやり過ごしたら収まったということにした。

 実際何が起きたのかを知っているのはエルザだけだが、魔道具を壊した以上のことは分からない。


 イセリアが攻められた辺りで公爵は少しばかり顔色が悪くなり、頭を抱えていた。


「短絡的な連中め。束ねている皇族が未熟なら補佐をするのが仕事であろうに、それに乗っかるとは。君たちにもすまなかったな。客人ということにしておけば無茶はしないと思ったが、囮に加えて門の警護までさせるとは殿下も無茶をする。攻められたと聞いた時には寿命が縮まったわ」

「いえ。歓迎自体はして頂けました。それに実際手が足りない様子でしたし、その結果鉄鉱石も安く手に入りましたので」

「ふっ、そういえば商人だったな。利益は自分で確保してしまうくらいには抜け目ないか。なんにせよ感謝しよう。火竜の時といい、非常に助かった。あの時の礼はしたが、今回も礼をしなければならんな」


 公爵との話は比較的温厚な雰囲気で進んだ。

 内容に関しては眉をしかめる部分もあったようだが、それにこっちは関係ない。

 ケルベスから預かった手紙を渡すと、やはりなにかしら書かれていたらしい。


「一つ、望みを言うがいい。可能なことなら聞き届けようじゃないか。いっておくが、これは口止めも兼ねている。許可を出したティアニス王女はともかく、他には今回のことはあまり言いふらさないように」

「分かっています。私も命は惜しいですからね」


 姿を現していないが、ここにも暗殺者が誰かしらいるはずだ。

 ケルベスの隣にいたグローリアほどの実力者かどうかは分からないが。

 公爵の不利益になることをすれば敵に回してしまう。


「わきまえているなら、こっちも心配事が一つ減って助かる。それでどうするかね」

「でしたら、是非オルレアンをうちに引き抜きたいのですが」

「ふむ……?」


 よほど予想外のことだったのか、公爵は少し歯切れが悪かった。

 恐らく関税の免除か、あるいは何かしらの報酬を求めると思っていたのだろう。

 公爵からすればオルレアンは荘園から預かっただけの少女だ。


 以前交わした約束通り教育を施し、社会勉強で下働きさせている。

 役目を終えている精霊の巫女という立場は魔導士にとっては価値があるが、軍を抱える公爵にとってはそれほどではない。

 アレクシア並みの火に精通した魔導士がいるなら別だろうが、オルレアンの扱いからはいないと思われる。


「そういえば君が保護したんだったな。情でも湧いたかね」

「そう……かもしれませんね。そうでなくてもこの子は優秀ですが」

「それは報告で知っている。その歳でたいしたものだ」

「いいじゃありませんの」


 それでいいのか、と悩んでいた公爵に、公爵夫人がそう言った。


「奥様……」

「使用人の間であまりよくない扱いをされているのは知ってましたよ。私が動くと余計悪化するので、あまり気にかけてはやれませんでしたが」

「いえ、奥様にはよくして頂いております」

「それに、貴女もそうしたいのでしょう?」

「はい。助けて頂いた恩を返したいのです」


 オルレアンはそう言って頭を下げた。

 どうやら公爵夫人からは目を掛けられていたらしい。

 孤独ではなかったのだなとホッとした。

 立場上、オルレアンに直接何かをできなかったようだがそれでもよくしてくれる人が一人でもいれば心の持ちようが違う。


「荘園の経営は以前より良くなっている。それだけでも教育の価値はあります。人はより活躍できる場所に身を置くべきでしょう。能力があるからといって、ここに連れてくるのは強引過ぎたというものです」

「それはよかれと思ってだな……ああ分かった分かった。オルレアンといったな。その少女を連れていきたいなら好きにするといい。もはや農奴ではないゆえ、帝国の市民だから丁重な扱いをすることを約束してもらうがな」

「もちろんです。不自由はさせません」

「ならば、そうするといい。だがそれは報酬とはいえんな。本人の意思に対して許可を出すだけではないか。別にもう一つくらいは構わんぞ? 殿下がもし死んでいたらと考えれば色々とまずいことになっていたからな」

「外の警戒をみればなんとなくは分かります」


 イセリア襲撃のことは伝わっていたに違いない。

 安否を確認してホッとした代償といったところか。

 そういうことなら遠慮なく要求するとしよう。


「でしたら鉄鉱石の買い付けを許可して頂けませんか。もちろん正規の料金をお支払いします」

「過度でなければ許可しよう。王国はもともと良い客だからな」


 公爵はニッと笑う。

 海路が広がったことで帝国内では安く鉄鉱石が出回ることになるが、王国向けの値段は下がることはないだろう。


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