第408話 タコパ

 しばらくお互いを見つめ合った。

 少し赤い顔をしている気がする。


 船に波が当たる音だけが耳に届く。

 潮風を感じたが、オルレアンから感じる熱で寒くはなかった。


 ふぅ、とオルレアンは息を吐く。


「……その言い方は卑怯ですよ、旦那様」


 そう言ってローブを羽織る。

 女性に対していささかストレートな物言いになってしまったか。


「公爵様に願い出てみます。きっと聞き届けて頂けるでしょう。私のことは良いテストになったはずです。次の荘園からやってくる子には、もっとやりやすい環境が用意されると思います」

「そうか、そう言ってくれると助かるよ」

「いえ。ようやく助けて頂いた恩を返せそうです。では戻りましょう。少しでも眠らないと」

「そうだな。寝不足の顔で公爵の前に出るわけにはいかないか」


 二人で部屋へと戻る。

 扉を開けると、アズがそこにいた。


「あっ……ははは」


 目が合うと、なんとか誤魔化そうと笑うがわざとらしすぎる。

 もう少し腹芸が上手くなった方が世の中楽だぞと思った。


「あの、オルレアンちゃんは」

「明日分かることだ。アズも早く寝なさい」

「そんなぁ、気になりますよ」

「ほら、アズ様寝ましょう」

「オルレアンちゃんまで……もう」


 アズとしては仲の良かったオルレアンの身を案じているのだろう。

 それに面倒を見た相手で情もあるのかもしれない。


 しぶしぶといった感じでアズはベッドに戻り横になる。

 追うようにしてオルレアンも歩いていった。


 ようやく休むことができそうだ。

 身体を寝かせると、睡魔が押し寄せてくる。

 そのまま意識を眠りに委ねた。



 起きたのは昼過ぎだった。

 どうやら完全に寝入っていたらしく、何度か起こされたが目を覚まさなかったようだ。

 諦めて起きるまで放置されたらしい。


「というわけで、私とオルレアンちゃんが用意してみました」


 朝食兼昼食には、丸焼きになった大きなタコが鎮座していた。

 どうやら船を襲ってきたらしいがアズに返り討ちにあい、こうして食卓に上っている。


「焼いたのはオルレアンちゃんですよ」

「お口に合えばいいのですが」


 そう控えめに言った。

 見た目は少しグロテスクな気もするが……そう思っていると、フィンが短剣で足を短く切ってそれにかぶりつく。

 しばらく咀嚼し飲み込んだ。

 すると、唇を舐めて表情が明るくなる。気に入ったときの仕草だ。


「結構おいしいじゃない」

「むぅ」


 アズとオルレアンからじっと見られているし、食べないわけにもいかないか。

 海産物は基本的に美味いという言葉を信じて、一口食べてみる。


 最初に感じたのは強い弾力だった。

 それをなんとかかみちぎり、口の中で味わう。

 塩味と、何やら旨味を感じる気がする。このぐにぐにとした弾力も面白い。

 喉を鳴らして飲み込んだ。


「どうですか? おいしかったですか?」


 キラキラした目をしながらアズに詰め寄られた。

 尻尾があったらきっと大きく振っていることだろう。


「美味しいよ。ありがとう二人とも」

「やった」

「よかったです」


 そう言ってアズとオルレアンは喜びを分かち合っていた。

 いつもより二人とも明るい気がする。


「ご主人様もそれなりに甲斐性があるのね」


 アレクシアが串に突き刺さったタコの足を右手に持ちながら話しかけてきた。

 なんとも摩訶不思議な組み合わせに見える。黙っていれば美人なのに。

 しかしアレクシアは気にしていないようで、下品にならない程度に口を開けてタコを食べた。


「どういう意味だ?」

「そのままよ。あの子を引き抜くんでしょ? アズにとっては年齢の近い子だから嬉しくてはしゃいでるのよ。私やエルザは仲がよくても少し上だし、フィンは友達って感じでもないじゃない? カズサって子とは仲良くしてるけどなんだかんだ寂しかったんじゃないかしら」

「なるほど、それでか。しかしよく分かったな」

「別に、簡単よ。アズもそうだけどオルレアンも雰囲気が違うもの。普段は寡黙な子だけどけっこう分かりやすいわ。あの二人がそうなる理由を考えてみたってわけ」


 どうやらカマをかけられたようだ。

 しかしそれだけのことで察するとは恐れ入った。

 元貴族だけに他人の機微を読み取るのは得意なのかもしれない。


 商売の時に他人の顔色を見ることはよくあるが、そこまでは自信がない。


「私もいいと思いますよー」


 後ろから抱き着いてきたのはエルザだった。

 背中に柔らかい感触を感じる。


「おい、いきなり抱き着くなよ。司祭だろう」

「ハグですよハグ。創世王様は親愛のハグを咎めたりしませーん。あの子は良い子ですから、うちの子になるのは賛成です」


 明るくそう言うエルザからは香水と少しだけアルコールの匂いがした。

 もしかして飲んでいるのか。

 弱ったと思ったらこれだ。相変わらず自由な女である。


 無理やり手をどけて拘束から逃れる。


「ほら、いいから水を飲んで酔いを醒ませ。これからダンターグ公爵に会いに行くんだからな」

「分かってますってば」


 エルザは差し出した水をちびりちびりと飲む。

 ようやく大人しくなったか。


 アレクシアはそんな様子を見て苦笑しながら残りの部分を食べた。


 大きなタコは船員たちにも分けたので奇麗さっぱり食べ切ってしまう。

 新鮮だからかかなり美味かった。

 火加減も素晴らしい。

 オルレアンを褒めると、嬉しそうに笑う。


 やがて船がアテイルの港に到着する。

 ひとまず倉庫に鉄鉱石が搬入されるのを見届けて、公爵の館へと向かった。

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