第403話 ドレスの上に軽装備をした女

 門の上に立ったアレクシアは敵がまだこっちに来ていないことを確認すると、アズとエルザにたくさんの松明を持ってこさせて倒れないように地面を固定させた。

 その松明に魔法を使って次々と火をつける。


 真っ暗だった景色が松明の火で明るく照らされた。


「これで実際に突入されるまでは少数だと思われないわ」

「松明で人数が多いように見せかけたのか」


 なるほど、と感心した。

 相手の心理を考えれば効果のほどが分かる。


 部隊を指揮する指揮官はともかく、突入する兵士は相手が多いと躊躇するはずだ。

 逆に人数が少ないと分かれば勢いづく。


 こっちはまともに戦えるのが四人だけしかいない。しかも全員女性だ。

 四人とも並みの実力ではないと思っているが、相手がそう思うわけではない。


 数を頼みに突破されれば、門を守ることは不可能だろう。


 松明の数は五十個ある。

 これだけあれば相手の足を一旦止めるくらいの効果はありそうだ。


「弓は使える?」

「私は使えません」

「あ、使えるよー」

「ま、一応は使えるわ」


 アズ以外は弓の心得があるようだ。

 エルザは元司祭のはずだが……相変わらず謎の多いやつだ。


 フィンとエルザが門に備えつけられた弓と弓矢を装備する。


 アズは弓の代わりに投石器を渡された。


「これなら使えるでしょ。石をこの中に入れて回転させるだけ。アズなら外さないと思うわ」

「やってみます」


 そうして準備をして待ち構える。

 松明の火が燃える音だけがパチパチと騒がしい。


 少しの間静かだったが、やがて大勢の人の雄叫びや争う音が聞こえた。

 ケルベス率いるイセリアの軍隊と、包囲している軍隊がぶつかったのだろう。


 こんな夜中に戦争をすればきっとひどいことになる。

 しかし逆にこういう状況だからこそ少数でも活路があるのかもしれない。


 あのケルベスという男。それに従うグローリアが何の考えもなく行動を起こすとは思えない。勝算があるからこの方法を選んだに違いない。


 まだこっちには敵が来ない。

 どうせならこのままずっと来ない方がいい。

 戦いに参加するわけでもないのに緊張感で喉が渇く。


「来たわ」


 アレクシアの声がやけにはっきりと聞こえた。

 外にはぽつぽつと明かりが見える。


「二人とも顔を出さないで。流れ矢に当たると危ないから」

「分かった。後は任せる。こっちだオルレアン」

「はい、旦那様」


 詰所の中にオルレアンを連れて入る。

 ここなら矢が降ってきても安全だ。


 窓があるので周囲の様子も多少は分かる。

 後はオルレアンと共にアズたちを見守ることしかできない。


「そこで止まりなさい」


 アレクシアの声が聞こえる。

 どうやら外に向けて言葉を発しているようだ。


 ヒュンっと風を切る音が聞こえる。

 矢がアレクシアに向けて放たれたようだ。


 夜の闇に紛れた矢をアレクシアは手甲で弾き、矢を放った兵士にフィンが弓矢を打ち返し命中させる。


「この門は私が守っている。もし押し入るなら、貴方たちの命は保証しないわ。命が惜しいなら諦めなさい」

「ドレスに甲冑を着た女が何を偉そうに!」

「うるさいわね、好きで着てるんじゃないわよ!」


 敵の指揮官らしき男の声が聞こえる。

 アレクシアを侮っているようだ。

 まあ騎士っぽくない格好ではある。


 見た目は美人で華奢っぽいがめちゃくちゃ強いんだぞ、と内心思ったが黙っておいた。

 アレクシアの専門分野だ。

 素人は黙って任せるに限る。


「強さに男も女も関係ないでしょう。腕力だけで勝負がつくとでも思ってるの?」

「ええい、お前ら足を止めるな。あんな門などこじ開けろ!」


 アレクシアの言葉に怯まず、相手の指揮官は兵士たちに発破をかける。

 何人かが前に出たが、それをフィンとエルザの放った矢が正確に射貫く。


 痛みに呻く声が聞こえた。

 どうやら急所には撃たなかったようだ。


「チッ、魔導士部隊。さっさとあいつらを排除しろ」


 指揮官の指示で魔導士三人が前に出て呪文を唱え始める。

 フィンとエルザは身を屈めて魔法に備えるが、アレクシアは門の上で堂々と立ったままだ。


 魔導士たちの詠唱が完了し、土、それに風や水の魔法がアレクシアへ向かって飛んでくる。

 いつの間にかアレクシアの握っている戦斧が真っ赤に熱されていた。

 それを構えて、魔法へと振り下ろす。


 水の魔法は戦斧に当たった瞬間蒸発し、風の魔法は周囲に熱風を撒き散らして消失した。

 土の魔法だけがまともに戦斧と衝突したが、粉々に打ち砕かれてアレクシアの身体に少しだけぶつかって終わった。


 当たった場所の土汚れを手で払い、戦斧を地面に叩きつける。


「我々の魔法が……打ち消された?」

「ぬるいのよ。鍛え方が足りないわ。もっと魔物を倒すか魔法を工夫するのね」

「武器に魔法を纏わせたのか。相当な技術があるようだ」

「魔法ってのはこうやるの」


 アレクシアが詠唱を開始する。

 向こうの軍隊が矢を放って止めようとするが、エルザの結界に阻まれてアレクシアには届かない。


「ファイヤーウォール」


 アレクシアの詠唱が完了した瞬間、地面から火柱が上がる。

 それは門と軍隊の間に出現し、相手の障害として君臨した。


 良い選択だ。

 アレクシアの実力なら相手を全員焼き払ってしまうこともできるだろうが、無理にそうする必要はない。

 任されたのは門を破られないことだ。


 相手の兵士を殺すことではない。

 手を汚さないならそれに越したことはない。恨みはそう簡単に消えないからだ。


 オルレアンが近くにいることで強化された火柱はごうごうと燃え盛っている。


「……何という強力な魔法だ。これを解除するには時間がかかります」

「早くやれ! ここを突破すれば住民を人質にできる。奴らを後ろから攻めることも可能だ」

「考えが浅はかね。正面から戦う気概もないの?」


 わざとらしくため息をついて見せた。

 相手は何か言い返そうとしたが、火柱を見て息をのむ。


 いい具合に時間が稼げている。

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