第402話 なし崩し的に参加することに
「ずいぶんと呑気ですね」
護衛が優秀だからなのか、あるいは肝が太いのか。
ケルベスは涼しい顔をしている。
グローリアからは緊張感を感じるものの、これといって焦った様子は見られない。
「まあ想定していたからね。実際やる可能性は低いと思っていたけど、そういうのにもちゃんと備えないと命がいくつあっても足りない」
「客人を泊めた家に自分がいると偽装したのもそういう理由なわけ?」
フィンが苛立ったように言った。
囮に使われたようなものだ。
もし非戦闘員しか居なければ全滅していただろう。
「抗議させてもらいますよ。一言あるだけでも違ったと思いますが」
「敵をだますにはまず味方からっていうだろ……悪かったよ。そう睨まないでくれ。ちゃんと人も手配していただろう」
「彼らは襲撃を確認してすぐに引き上げさせました」
「あれ?」
ケルベスは意外そうな顔をした。
「当然です。殿下は我々の雇い主であり、一蓮托生の相手。何かあってからでは遅い」
「コミュニケーションミスかぁ。普通の部下とは勝手が違うのを失念していたな。すまなかったね」
言葉だけとはいえ、皇太子が謝った。
これ以上を要求するのはこっちの立場では難しいだろう。
謝っただけマシというしかない。
「そんなことよりも襲撃はあらかた片付いたようです。数は多いが大した相手ではありませんでしたね」
「ご苦労さま。とはいえ問題はここからだ。こういう時はたいていこれで終わらないんだよねぇ。外の様子は?」
「陣地から兵が動き出しています。暗殺が失敗したのが伝わったようです」
グローリアに部下らしき少女が何かを伝え、その後そう言った。
対抗馬の皇族が、ここで皇太子を始末すると腹をくくったのだろう。
はた迷惑だ。
今まで膠着状態だったのになぜ……。
船が到着したのが最後の一押しだったということだろうか。
だが船で小麦を持ってこなければ、遠からず食料が行き渡らなくなり飢えて詰む。
ジレンマというやつか。
夜の暗さで船は出せない。
もし明かりをつけたら陸から狙い撃ちにされる。
「せっかくだ。君たちも身を守る必要があるよね。手を貸してくれ」
「……どのみち逃げ場なんてないじゃないですか。散り散りに逃げても助かる保証はない」
「そうさ。命は戦って勝ち取るものだよ。将来の皇帝と共に戦える栄誉を君たちに与えよう。報酬は後払いになるが」
「あくまで身を守るだけです。あなたのために死ぬつもりはない」
降り掛かる火の粉は払わなければならないが、これ以上利用されるのも癪だった。
うちの連中の手をそんなことで汚させるわけにはいかない。
「うんうん。それで十分さ。我々は兵士を連れて打って出る。その際に後ろをとられたら困るから、この都市の出入り口を一つ守ってくれ」
机の上に広げられた地図の一ヵ所を指さす。
兵士たちがすでに周囲に集まっている音が聞こえる。
死体を引きずる音も。
眠りに就いていた市民たちも起き出して少し騒がしい。
「出入口を全て守るとどうしても反撃が難しかったんだが、一つ任せられるなら話は違ってくる。構わないね」
戦列に加われといわれるよりはマシだ。
それにここで提案を断ったとしても、都市に敵の兵士が突入してきたら一緒か。
戦争の手助けはごめんだが、都市を守る手伝いであれば……これはただの言葉遊びだな。
「ここを塞げばいいんですね。もし他が突破されたら我々だけで逃げますよ」
「それでいいよ。十分だ」
ケルベスは鎧を身に着けて家を出る。
そして手を上げると周囲に集まってきた人達が一斉に彼を見た。
大勢の視線は不安や恐怖を感じさせるものばかりだったが、ケルベスの鎧姿を見た瞬間それが和らぐのが見て取れた。
「みな、心配する必要はない。この時のために兵を常備させていたのだ。何事もなくすむならそれに越したことはなかったが、戦乱を望むなら私はそれを粉砕し平和をもたらそう。次期皇帝として!」
ワッと市民たちが騒ぐ。
さすがは皇太子様だ、これで安心だ、と。
同じ年齢だと思うが、堂々とした振る舞いだった。
あれだけハッキリ言われれば、不安で仕方ない時は信じてしまう。
「実際はどうあれ、ああいうしかないわよ。そうじゃないと暴動が起きて味方が一番の敵になってしまう」
「それは同感ですね。相手はこけおどしで済ませると思ったんですが」
アレクシアは止む無しと思っているようだ。
エルザも頷く。内乱はないという見立てが優勢だったが、思い通りには行かない。
ただでさえ兵士の数は負けている。
士気や練度は分からないが、そこで想定外のトラブルが起きれば負けてしまうのは素人でも分かる。
できれば行った先で誰も来ないことを祈るしかない。
「アレクシア、基本はお前に任せる。俺とオルレアンは後ろで控えているから逃げる合図も頼む」
「ええ、引き受けましょう。まとまった兵は来ないと思うけど、動揺を誘おうとして少数が来る可能性はあるから気を付けて」
こういうことに慣れているアレクシアに任せ、非戦闘員は後ろで控えることにした。
「アレクシア様、恐らく火の魔法は強化されると思います」
「火の精霊が二体もいるものね。火力だけならちょっとしたものだと思うわ」
アレクシアはふふ、と笑う。
そして言われた場所へと移動する。
道中で見た市民たちは家に戻っていくが、いざという時のためにとクワや三又などの農具を手に抱えている。
彼らもいざとなれば自分の命は自分で守るという決意がある。
争いで負けた都市は悲惨だ。
例えそれが同じ国の相手だとしても、士気の維持のために略奪を許可する可能性は高い。
捕まって兵士にされる可能性だってある。
指定された門は、あまり頑丈とは言えない。
無人なら乗り越えられるような場所だ。
アレクシアが早速土の魔法を使って門を補強し、その上に立つ。
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