第401話 襲撃者

「あんたもあいつの隣にいなさい、邪魔よ」

「分かりました」


 フィンに言われてオルレアンが隣に来る。

 火の精霊が守ってくれるとはいえ、オルレアン自身が戦えるわけではない。

 下手に火の精霊が暴れるよりは大人しくしていた方がやりやすいのだろう。


 鳴子の音が消えた。

 アレクシアが右手の人差し指を口に持ってくる。

 喋るなというジェスチャーだ。


 頷いて返事をする。


 そうして時計の音だけが部屋の中で響く。

 そうすると、窓の辺りで音がした。

 ガラスが割られ、三人の黒装束を着た人物が突入してきた。

 襲撃だ。


「……皇太子じゃない」


 先頭にいた人物から男の声が聞こえた。

 どういう意味か聞き返そうとした瞬間、フィンがすでに天井を蹴って頭上に迫っていた。


 恐らく突入された瞬間に動いたのだろう。

 さすがとしかいいようがない。


 うなじの辺りに蹴りが入り、そのまま倒れて痙攣している。

 襲撃者からは突然フィンが現れたように見えただろう。

 とっさに武器を構えるが、その頃にはアレクシアとエルザが横に回っていた。

 そのままそれぞれの武器を振るう。


 ドサッと倒れる音がする。

 血は流れていないので峰打ちですませたのだろう。


「ちょっと縛りますねー」


 緊張感のない声でエルザが手際よく襲撃者たちを一ヵ所にまとめてきつく縛る。

 なぜ手際がいいのか少し気になったが、まあいいだろう。


 続けて襲撃もない。みんな武器を収める。



 その後顔を隠していた頭巾を剥ぎ取ると、髪の毛を剃り落とした三人の男の顔が見える。


「フィン。こいつらが誰か分かる?」

「顔は知らないけど、髪を剃り落としてるし帝国に在籍してる連中の一派かな。まあ大したことはないわよ。数は多いけど質はそれほどじゃない」

「なるほどね。反応も遅かったしそんな感じですわね」


 アレクシアは納得するように頷く。

 あっという間に制圧して見せたのは見事だった。


「それはともかく、気になることを言ってました。皇太子じゃないって確か言ってましたよね」

「私も聞きました」


 アズの言葉にオルレアンは同意する。

 相手もそれを呟いた瞬間、躊躇していたように見えた。

 それで生まれた隙をフィンたちが見逃さずに、あっという間に制圧してくれた。


「どういうことだ?」

「気にするのは後」


 フィンは手を叩いて議論になろうとした空気を止める。


「来たのがこいつらだけとは限らないでしょ。まあ私が仕掛けたとはいえ鳴子に気付かない連中だけどそれでもあんたには脅威だろうし」

「まあ、俺は商売が専門だからな」

「緊張感がないわね」


 はん、とフィンに鼻で笑われる。

 それを見たアズが慌てて近寄ってくる。


「大丈夫です。私たちが守りますから」

「精々頑張りなさい。守るのは得意じゃないし」


 エルザがアズの頭を撫でながらフィンの方へ向く。


「それでどうしますー? ここでじっとしておく?」

「別にそれでもいいけど、後手に回るのは感心しませんわ」


 アレクシアがエルザの提案をやんわりと断る。

 フィンはそれに頷いた。

 この場で頼りになるのは経験が豊富なフィンとアレクシアだろう。

 主導権は渡した方がいいと思い黙っている。


「とりあえずあの皇太子のところへ行けば色々と分かるでしょ。この連中は動けないようにしてるし置いといていいかな。どうせ下っ端で何も知らないでしょうし」

「おっけー」


 エルザはあっという間に手と足も縛り、三人の男はほぼ簀巻きになって床に転がされた。

 襲い掛かってきたのに生きているだけありがたいと思って貰いたい。


 フィンとアレクシアが先頭に立って、誘導してもらう。


 外は夜の上に明かりが消されて真っ暗だ。

 目の前しかろくに見えない。


「大丈夫です。手を放さないでくださいね」

「分かった」


 アズの手を掴む。

 はぐれないようにオルレアンとも手をつないでいるので両手が塞がっている。

 二人とも少し緊張しているようだった。


 最後尾にはエルザがいて、挟むように守ってくれている。


 道中は静かだったが、皇太子の家に近づくにつれて少しずつ鉄が触れ合うような音がするようになってきた。

 道端に倒れている黒装束の姿がある。


「よそ見はしないで」


 アレクシアの言葉に従い、ようやく皇太子の家に到着した。

 まだ音は聞こえる。


 ドアが開いていたので中に入ると、黒装束の男たちが別の勢力と戦っていた。

 恐らく相手は皇太子の傘下にいる勢力だろう。


 黒装束の男たちの方が劣勢に見える。


「走って」


 フィンはそれだけ言うと走り出した。

 それと同時にぐいっと強い力で手が引っ張られる。


 アズに引っ張られているのだ。

 オルレアンとヨハネの体重をものともせず、フィンとアレクシアを追いかけるようにアズが走っている。


 妨害されるわけでもなく奥へと進めた。

 皇太子と話した部屋に突入すると、部屋に血が飛び散っている。


「やあ、君たちも襲撃されたのかな?」


 長刀を手にしたグローリアを侍らせ、血の付いた服を着たケルベスが出迎えてくれた。


「ああこれ返り血だから気にしないでくれ。今は着替えるというわけにもいかなくてね」

「でしょうね」


 ちらりと見ると、グローリアの持つ長刀からは血が滴り落ちている。

 ここまで来た黒装束の連中が返り討ちにあったのだろう。


 フィンが警戒するほどの相手だ。当然かもしれない。


「彼らも可哀想に。勝ち目のない戦いに投入されるなんて」

「どうせ金に目がくらんだんでしょう。立ち回りだけで何とかしようとするような連中ですから」

「手厳しいなぁ君は」


 ケルベスはそう言うと笑う。

 こんな状態で軽口をたたいて笑うなど、普通ではない。


 血の匂いで気分が悪くなってきたこっちとは大違いだ。

 皇帝になるような人物は、やはりどこか違うのか。


「あの家に私がいるという情報を流しててね。そういえば伝えるのを忘れていた」

「だから襲撃が来たんですか」

「そうそう。悪かったね。君たちがいる間は大丈夫だと思ったんだけど、全くあの子は気が短いねぇ」


 やれやれとため息をつく。

 こっちはそれどころではないのだが、言っても無駄か。


 彼からすれば客人ではあっても自国の民ですらない。

 監視の目が消えたのもここが襲撃されて引き上げられたからか。



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