第400話 静寂が破られるとき

 積荷は行きだけ積んで、帰りは空というのはよほど何かなければあり得ない。人件費に道具の摩耗。何より時間を消費する。

 少しでも儲けないとやってられない。


 その点で言うと、前回アズ達がスパルティアに立ち寄ってついでに宝石を買ってきたのはとてもいい考えだ。


 空気を運んでも金は稼げない。例え薄利であっても何かを積むことでコストを落とすことで少しでも多く稼ぐ。

 それは商人にとって共通の認識だと思っている。


 そんなわけで、小麦を全て降ろして空になったガレオン船のスペースを借りれないか相談する。

 船長も積荷に関しては少し考えていたらしく快く承諾してくれた。

 普段ならイセリアに来たら海産物の干物なども積むそうだが、今は食糧難の危険性もある。

 鉄鉱石を積むにしても、売る先が決まっていないならまず船長が金を出して買い取る必要があるので十分な量を買い込めないのだ。

 船員の給料も払わなければならない。

 相手が決まっているならどうとでもなるのだが、急な話だった。


 なので運賃を払ってスペースを借りる相手を欲しがっていると思ったが、まさにその通りになった。


「その額ならこの広さまで使っても構わない」

「ありがとう、助かるよ」


 船長と握手をし、船乗り場を後にする。

 肝心の鉄鉱石に関しては、皇太子のケルベスが手配してくれた。

 陸路が封鎖されているので売るに売れず、在庫がそれなりにあるらしくその処理にちょうどいいとのことだった。


 結果的にかなりの金をイセリアに落とすことになった。

 公爵から受け取った金がそのまま移動しただけな気がする。


 ここまで考えていたとしたら大したものだ。

 ありえるのが恐ろしいところか。


 船の準備ももうじき終わる。そろそろ出発の日が近い。


「監視されてるわ。ここもあんた等も」


 フォークを海藻のサラダに突き刺しながらフィンはそう言った。

 家にいる間ずっと細工やら仕掛けをしていたらしい。

 後で戻しておけよと言うと、解除はすぐにできるとのことだった。


「まあ、私一人ならともかくアレクシアもいるんだから遅れはとらないわ。アズもエルザもいるしね」

「私はついでなの?」

「心配しすぎだと思いますけど……」

「甘いのよ。いい、あいつらは金で動くの。今はよくても次の瞬間襲ってくるのなんて当たり前なんだから」


 そう言ってフィンはパエリアという料理をかきこむ。

 言いたいことは分かる。油断すると寝首をかかれると言いたいのだろう。


「ちょっと戦ってみたい気もしますけれど」

「あんた一人ならともかくお荷物が二人いるんだから、そうならないに越したことはないわ」

「まぁ、そうですわね。後ろを気にしながらだと全力では戦えまないか」

「怖いことを言うな。揉めずに出るのが一番なんだから」

「役に立たなくて申し訳ありません……」


 オルレアンが真面目に捉えて頭を下げる。


「でも監視はされてるけどそれだけなら、構わないんじゃないでしょうか。もうじき出発なんですよね?」


 アズの言葉に頷く。

 買い取った鉄鉱石も船に積み込んで貰ったし、海は落ち着いている。

 何事もなければ明日の昼には出発予定だ。


「ま、心配してくれて助かるよ。そういうのは分からないからな」


 勘の鋭いアズやアレクシアならともかく、監視されているなどといわれても分からない。


「ただの商人にバレたら三流以下よ」


 そんな会話をしながら夕食を済ませた。

 ここは良い場所だ。

 昼は騒がしいものの夜は静かで落ち着く。

 波の音だけが聞こえてきて、忙しない日々がまるで遠い世界の出来事なのではないかと錯覚するほどだ。


 ……?


 少し散歩をしようと思ってアズと共に歩いていると違和感を感じた。

 昨日と何か違う気がする。


「どうしました?」

「なぁアズ」

「はい」

「なにか違和感を感じるんだが、景色が昨日と何か違う気がしないか」

「えっと、そうですね」


 アズに感じたことを言うと、周囲を確認しはじめた。

 何か違う気がする。それもささいな違い。


「そういえば、あっちの明かりがちょっと近くないですか?」

「明かり?」


 言われて見てみると、包囲していると思わしき諸侯の軍隊が野営に使っている明かりが近い気がする。

 もっと離れて小さかったはずだ。


「包囲を狭めてきたのかもしれないな。明日出港でよかった」

「はい。襲われたら逃げ場がないですもんね」


 散歩を切り上げて家に戻ると、フィンが戦闘用の衣装を着て準備を整えていた。

 アレクシアやエルザも武器を手に取っている。

 オルレアンはフードをかぶって佇んでいた。


「どうした?」


 ただならぬ気配を感じ、アレクシアに尋ねる。


「監視が消えたわ。私とフィンの二人がそう言うんだから間違いない」

「それはいいことじゃないのか?」

「そうは言いきれない。明日いなくなるから監視を解いたのならいいけど、私たちよりも優先度が高い何かがあったとしたら」


 そこまで言ってフィンは口を閉じる。

 水晶の双剣を鞘から取り出し両手に握る。


「敵が来たってこと」


 カラカラと音が鳴る。

 フィンが外で準備していた鳴子の音だ。

 いきなり空気が変わった気がする。


 アズも剣を取り、いつ何が起きてもいいように隣にいてくれた。


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