第399話 言い訳を考えておこう

 その日は何事もなく過ごした。

 貰った食料を調理し、食べる。


「魚をそのまま食べる? 大丈夫なのかそれは」

「この辺りではそうやって食べるみたいです。もちろん焼いたり煮たりもするようですけど」


 このイセリアでは海が近いからか、魚が豊富に採れる。

 なので食べ方も色々とあるようだ。


 中でも驚いたのは刺身で食べるという食べ方だった。

 生きた魚をそのまま捌き、それをたれに浸して食べるという。


 以前海水浴で海に行った時には聞かなかった調理法だ。


 魚は火をよく通さないと食中毒になるというのが当たり前の認識だったので驚いた。

 いくら新鮮とは言っても挑戦するのは少し戸惑う。


「料理の人に教えてもらったので大丈夫だとは思いますが……止めておきますか?」


 調理担当になったアズが不安そうに聞いてくる。

 否といえば、定番の調理法でやってくれるだろう。


 だが、生で食べるというのも気になる。

 こういう港町でしか食べられないだろうし、いくつか出すことを許可した。


 薄くスライスされた魚の切り身は半透明で、見た目は奇麗だ。

 匂いは特に生臭くもない。


 買ってきたという特製のタレをつけて一口食べてみると、グニグニした食感がした。

 しかし不快かというとそうでもない。

 すぐにかみ切れて、タレのしょっぱさの後はほのかに甘い。


「……美味いな」


 もう一口食べる。

 それを見た他の面々も恐る恐る手を付け始めた。

 そしてあっという間に刺身がなくなる。


「美味しいけど、どう美味しいのか説明できなくて不思議。タレが美味しいのかしら」

「お代わりー」


 エルザとアレクシアは特に気に入ったようだ。

 差し入れで貰ったワインまでいつの間にか開けて飲んでいる。


 少し浮かれすぎではないかと思ったが、普段頑張っているしそれくらいはいいだろう。


 ワインを船で運ぶと揺れて台無しになるだろうし、ここで飲みきった方がいい。


 食事の後は食休みをしながら周囲を確認する。

 やはり緊張感はあまり感じられない。


 夜になるとかなり遠くの方で少しだけ明かりが見えた。

 都市を包囲しているのは他の皇族が率いる軍隊だろう。


 恐らくこっちを刺激しないように遠くに陣を張り、封鎖を仕掛けている。

 都市の人たちも気付いているはずだが、それだけあの皇太子を頼りにしているということか。


 イセリアの都市には兵士が二百人ほど滞在している。

 せいぜい二千人程度の小さな都市にしてはかなり多い。

 皇太子の護衛として一緒についてきたのではないだろうか。


 封鎖とその影響で食料が不足したのだと思われる。


 この都市の人々だけなら海からの恵みでなんとかなるはずだ。

 だからこそここに都市ができたのだから。


 公爵が直々に届けてくれというわけだ。

 皇太子が来た所為で食料が足りなくなったと思われたら都市の人々が敵になってしまう。

 それを防ぎたかったのだろう。


 そんなことを考えながら眠りに就いた。


 次の日からは物色を始める。

 自由に出歩いていいと言われたのだからそうさせてもらうとしよう。


 フィンは留守番を申し出た。

 何度もあのグローリアという女性と顔を合わせたら、とても我慢できる自信がないと言われてたら仕方ない。


 それに他にもフィンと敵対した一派がいる可能性もある。

 客人でいる間は襲われることはないが、無駄に神経をとがらせることになるからとも言われた。


「たぶん、それは口実で家を要塞化したいんじゃないかしら」

「あいつそんなことしてるのか?」

「あの子、根は臆病だし備えていないと安心して眠れないから」


 アレクシアがそう言う。

 慎重ではある。たしかに根が臆病とも言い換えられるか。

 フィンにとっては痛い目にあわされた相手のいる敵地だ。

 拠点をどうにかしないと休まらないと言われれば、頷くしかない。

 家をいじることに関しては出る時に戻せばいいだろう。


 この都市の特色は港ということから海産物と、近くにある鉄鉱山からの鉄鉱石の二つがある。


 普通海が汚染されるので鉱山はこんなところでやらないのだが、そこは魔法で解決しているらしい。


 鉄鉱石を採掘し、それを船に積んで運ぶ。

 非常に合理的だ。

 公爵のいる都市アテイルとの間は嵐が吹き荒れており、あまり多くは積めなかったようだがこれからは違う。


 嵐がなくなり蒼海に面した場所は全て輸出可能な場所となった。


「……旦那様、これは帝国にはとてもいいことなのです。しかし王国にとってはよくないことなのではないでしょうか?」

「そう、なるな」


 オルレアンから申し訳なさそうに言われる。

 鉄鉱石は熱で溶かして鉄製品に元になる鉄板に加工されていく。


 それは鉄の武具や馬の蹄鉄はもちろんのこと、様々な道具になる。

 このイセリアから各地により大量に運べるとなれば、鉄製品もより多く普及する。


 それは文化レベルが上がるといってもいいかもしれない。

 これが帝国ではなく王国内で起きるならさぞ商機に溢れたことだろう。


 相対的に王国は後れをとることになる。

 ただでさえ国力そのものが帝国の方が大きいというのに、鉄の普及まで差がつくとなると国防を考える人たちの頭が痛いに違いない。


「不思議だなオルレアン。ある日突然嵐が起きなくなって鉄の流通が増えるなんて」

「あの……いえ、なんでもありません」


 オルレアンは何か言いたそうだったが、意図をくんで頷いてくれた。

 王国には核心部分は伏せて報告するとしよう。

 自分の身を守るには正直なだけではよくない。


 それに鉄の輸入がしやすくなると考えればそれはプラスになるだろう。

 いっそのこと鉄鉱石を買い付けて王国に持って帰ろうかとも考える。


 もしかしたらキャラバンの残りの商人がまだいるかもしれない。

 これは良い考えに思えた。

 お土産としては十分すぎるだろう。


 早速手配する。皇太子には一言申し送りしておけばいいだろう。

 公爵領で差し止めされても儲けは出るだろうし。


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