第398話 因縁の相手
ケルベスはオルレアンから受け取った書状の確認をすませる。
こっちはそれをただ眺めた。
一通り見終わった後にそれをグローリアに渡す。
「うん、グラバール公爵には大変世話になっている。爺さんの助力がなければ今回少しばかり危なかった。よろしく伝えてくれ」
「必ずお伝えします」
台詞に対してケルベスの顔は余裕がありそうだ。
相手の表情からは情報を読み取るのは難しい。
隣に控えているグローリアと呼ばれた女性は終始表情が変わらない。
ティアニス王女のお付きとは大違いだ。
相手は無視しているものの、なぜかフィンがグローリアに対して敵意を向けている。
「知り合いかグローリア?」
「いえ……私は負け犬の知り合いはいませんので」
涼し気な顔でそう言った。その瞬間、ぞわっと鳥肌が立つ。
部屋の温度が下がった錯覚がするほど、フィンから殺意が漏れ出していた。
強く睨んではいたが、しかしすぐに収まり舌打ちだけで終わった。
内心もしかして動く気なのかと思ったがそうではないことにホッとし、頭を下げた。
「申し訳ありません。連れが失礼な態度を」
「気にしなくていい。私はまだ皇太子だからね。それに周囲の目もない」
ケルベスはそう言って椅子の背もたれに体重を預ける。
木の軋む音が部屋にひびく。
ティアニス王女からもし皇太子に届けられるならと書簡を預かっているのだが、渡してもいいのだろうか。
正式な使者というわけでもないし、無理そうなら渡さなくてもいいと言われている。
少しばかり部屋に微妙に空気が漂ったが、それを打ち切るようにケルベスが話しかけてきた。
「君たちは船で帰るのかい?」
「はい。陸路は難しいと思いますので」
「ははは。囲まれてて悪いね。もうしばらくすれば彼らも帰るのだが、それを待つよりは船の方が早いさ。嵐も収まったようだしね」
耳が早い。
もう蒼海の嵐が収まったことまで知っているようだ。
それに包囲が解かれるという話も、ほぼ確実のようだ。
揺さぶりをかけていると言ったが上手くいっているのだろう。
「危険を冒してここまで食料を輸送してきてくれたお礼に宿はこっちが用意しよう。とは言っても使ってない家を接収しているからそこに泊まって貰うだけだが」
「助かります。ご厚意に感謝いたします」
オルレアンと共に頭を下げる。
メインはあくまでオルレアンだ。
彼女を立てるようにすれば問題あるまい。
「まあこれくらいはね。成果には成果で報いた方が、やる側も気持ちいいだろう?」
「おっしゃる通りかと。喋り方をもう少し威厳があるようにしていただければ更に良いのですが」
「勘弁してくれよ。俺はまだ若いんだ。爺さんたちのような喋り方をしたら肩がこる」
ようやく雰囲気が落ち着いてきた。
すかさず書簡を懐から取り出そうとする。
グローリアから非難の目線が来た。
何も言わずに懐に手を入れたのはまずかったか。
「実はこの小麦を用意してくださったのはティアニス王女殿下で、書簡を預かってきました」
「ふむ? 確かに帝国内で用立てるのは難しいか」
預かった書簡を渡す。
内容は知らない。どうせ挨拶と恩を売るような言葉だろう。
「相変わらずしたたかな子だね。分かった。このことは覚えておこう。皇帝になったら期待してくれと伝えておいてくれ」
「分かりました」
空手形だが、このくらいで十分だろう。
これで仕事が終わった。
「じゃあ船が出るまではしばらく滞在していてくれ。ここは良いところだよ」
「そうさせていただきます」
椅子から立ち上がり、頭を下げる。
皇太子というからには傲慢な貴族を想像していたのだが、まともそうで良かった。
次期皇帝、か。
たしかアレクシアの元許嫁とやらも皇帝になると言っていた気がするが、あれからどうなったのだろうか。
このままいけばこのケルベス皇太子が帝位を継ぐことになるだろう。
接収した家の場所を確認し、退室する。
大仕事がようやく終わった。
後は帰るだけだ。
アズはずっと緊張していたのか、深呼吸していた。
アレクシアも緊張していた。
元とは言え帝国貴族の身だ。次期皇帝と会うのは緊張するのだろうか。
エルザは普通だ。あれから体調を崩した様子もなく元気にしていた。
「悪かったわね。途中ちょっとやらかして」
「あれか。向こうが流してくれたし、構わないさ。だがどうしたんだいきなり」
フィンは年齢の割にプロ意識は高い。
ああいう場では黒子に徹することができると思っていたのだが。
「あの澄ました面した女の一派に帝国を追い出されたのよ。腹立ちすぎて抑えられなかった」
以前フィンが大怪我をして家に来たことがある。
たしか帝国での勢力争いの結果だと言っていた気がするが、そうか。
あのグローリアという女性やその仲間に手酷くやられたらしい。
負けん気の強さも相当なものだ。
しかも煽られて限界ギリギリまでいってしまったのだろう。
それでも態度の悪さだけで終わらせたのだから、十分だと思う。
反省してシュンとなっているので次からは大丈夫だ。
それにしてもあの美人も裏稼業の一人か。
しかもフィンよりも強いのならば、あの皇太子の態度も頷ける。
身辺の安全は確保されているし、今は包囲されているがそれも協力者である公爵の圧力で解決する。
包囲するくらいなので相手も焦っているだろうし、帝国の動乱も収まる日は近いのかもしれない。
その余裕があの態度に繋がったのかもしれない。
フィンの頭を撫でてやるとキッと睨まれてしまったがやめろとは言われなかった。
家に移動すると、大きめの一軒家だった。
損傷などはないが中は少し埃まみれで掃除が必要だ。
だがその掃除も全員で手分けするとさすがに早い。
拭き掃除まで終えると、ピカピカになって奇麗になった。
しかも海が一望できる見晴らしの良い場所で、中々いい立地だ。
少し休憩しているとグローリアがこっちにやってきた。
「食料を持ってきました。偏っていて悪いですが」
「これはどうも」
カゴに盛られたのは海産物ばかりだった。
「あの小麦で一息つきました。海からそれなりに食べ物を確保できるとはいえ、限度がありますから」
「ありがとうございます」
オルレアンがカゴを受け取るが、少し重かったようでよろける。
アズが支えてことなきを得た。
「もし都市の中を見て回りたいならご自由にどうぞ。公爵閣下からの客人なので信頼しております」
そう言うとサッといなくなってしまった。
フィンは後ろで舌を出している。
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