第397話 帝国の皇太子

 エルザはしばらく眠った後に完全に回復した。

 体調を崩したのは一時的なものだったらしい。


 それからは早かった。

 船員たちの腕は確かで、アレクシアの風の魔法もあり巨大なガレオン船がすいすい進む。

 波こそ大きいものの嵐という障害がなくなり、瞬く間に目的地である都市イセリアに到着する。


「直線距離は実はそれほど離れてないんですよ。ただあの嵐があったので難儀していただけで……その嵐も収まっちゃいましたけど」

「試してみただけで本当に解決できるとは思わなかったんだ」

「いえ、俺たちにとってはありがたいことなのでいいですけど。これでかなり行き来がしやすくなります」


 イセリアを包囲しているという別の皇族から妨害があるかもと思ったのだが、何もなかった。

 船員いわく、こっちの船が早く到着したので何もできなかったのだろうと。


 そういうものなのだろうか。

 それなりの規模で妨害しようとすれば進行速度が遅れる。

 あの嵐の中を突っ切ってくると想定していたなら、準備が間に合わなかったのかもしれない。


 なんにせよ無事で何よりだ。

 一応船の上から都市を取り囲む集団の姿は見えた。


 それほど多くはないが、軍隊のように見える。

 あんな集団に取り囲まれればストレスもすごいだろう。


 内乱一歩手前といってもおかしくないのではないか。


 到着した港に船を寄せ、向こうへと投げたロープで海の男たちが船を引き寄せる。

 ピタリと予定の位置に到着し、アンカーを下ろして船を固定する。


 小型の船はともかく大型船に乗るのは初めてだ。

 色々と勉強になった。


 特にコンテナに関しては知ってよかったなと思う。


 バラ積みして運ぶものだと思っていたのだが、それだけ嵐に耐えられないし色々と問題もある。

 鉄鉱石や燃える石なら落ちない程度の工夫でも良いらしいのだが、今回は食料になる小麦だ。

 海水や雨で濡らすと腐る。


 なので木箱で密封し、シートを掛けることで輸送を可能にした。

 この考え方は必ず何かに応用できるだろう。


 船員たちがコンテナを船から下ろすのを眺める。

 これが彼らの仕事だ。手出し無用と言われたので任せる。


「結構普通ね。封鎖されてるって言ってたからもっと荒れてるかと思ってた」

「そうだな……」


 アレクシアの言葉に頷く。

 港しか見ていないが、特におかしな様子はない。


 都市を見てもアテイルに比べると少し規模は小さい気がするが、街に人通りはあるしそれほど困っているようには見えない。


「皇太子さまが色々とやってくださってるんでね」

「そうそう。それにこうして小麦も届いたし、助かるよ」

「いえ、無事に届けられてよかったですよ」


 皇太子はずいぶんと人気があるようだ。

 困難な時こそ人の価値が現れるという。


 次期皇帝候補だけに、やり手なのだろう。


「ではこの紙にサインを」

「分かりました」


 港の代表者に受領印にサインをもらい、公爵から頼まれた仕事は果たした。

 これで戻っても問題ないだろうが、船はすぐには出ないとのことだ。

 イセリアの近郊には鉄鉱石の取れる鉱山がある。

 今は包囲されていて新たに掘ることは出来ないが、今ある分を公爵領に運んで金に換えるとのことだった。


 船が使えないとなると陸路になるが、それだと包囲している集団に取り調べをされる可能性がある。


 王国の人間がこんなところで何をしていたと聞かれると、ろくな結果にはならなさそうだ。

 船が出るまではここで世話になるとしよう。


「皇太子さまにお渡しする書状を預かっております。一緒に行ってもらえますか?」

「ここまで来たんだ。付き合うとしよう」


 オルレアンは少しほっとした様子だった。

 一人で送り出すには中々緊張する相手だろうし。


 王国の王女の次は帝国の皇太子か。

 肩書だけ羅列すると凄い人脈だが、下手に利用しようとするとこっちの首が落とされてしまう。

 オルレアンの挨拶に付き合う程度にしておこう。


 イセリアは海に面した港をもつ都市らしく、開放的で明るい。

 食べ物に関しては一部が配給制になっているようだが、混乱している様子もない。


 軍隊が見回りをしているが、市民たちと談笑するなど受け入れられていた。


 皇太子がいるという場所は、他より少し大きな家だった。

 とても皇族の住む場所とは思えない。


 しかし護衛らしき人物がいるし、慌ただしく人の出入りがある。

 間違いないようだ。

 仮の拠点なのかもしれない。


「公爵様からの使いです。皇太子さまにお会いしたいのですが」

「……後ろの者たちは?」

「私の連れです」


 ジロリ、と巨漢の男に睨まれる。

 愛想笑いで返した。


 しばしオルレアンとこっちを見たのち、通してくれることになった。

 刺客には見えないだろうし、女だらけなのが功を奏したか。


 家の中に通され、一番広い部屋に案内された。

 少し待っていろと言われてじっと待つ。


 すると青年が一人と女性が一人部屋に入ってきた。

 フィンが女性を見た瞬間から睨んでいる。


 青年は年季の入った椅子にドカッと座ると、ニッと笑った。


「座りなよ。爺さんからの客なら歓迎するから」


 どうやらこの青年が皇太子らしい。

 少しガタついた椅子に座る。


「椅子がイマイチなのは我慢してくれ。今は色々と忙しくてね。そういうのは後回しなんだ。おっと名乗りが遅れたか。私はケルベス・アンビッシュル。継承権第一の皇太子をやっている」

「ケルベス様、貴方から名乗るのは感心しないといつも申し上げておりますが」

「そう言うなグローリア。この方が話が早いんだ」


 慌ててこちらも名乗り返す。

 とはいえさほど興味はないようだ。

 公爵からの客だから会ったという感じか。


 オルレアンからケルベスへ書状が手渡され、それを読む。

 気さくそうな青年だが、この混沌とした帝国において一番皇帝に近い人物だ。


 それを演じているだけの可能性すらある。

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