第396話 仕方ないので介抱しよう
「ちょっとだけマシになってきたわね……」
壁にしがみ付きながらフィンがようやく立ち上がった。
普段の様子からは想像もできない緩慢さだ。
エルザが戻ってからは船が傾くような揺れはなくなったが、それでもときおり大きな波が船を揺らす。
船員たちはあの嵐が収まったことに驚いていた。
ずいぶん昔から続いていたようで、こうした特別な用事以外は決して船が通らないルートだったそうだ。
もし長期的に安定するならこれからの海運業に大きな変化があるとのことだった。
あまりの嵐に苛立ってつい止められるなら止めろと思って指示したのだが、本当によかったのだろうか。
オルレアンには是非ともよろしく言って貰うようにしておかねば。
エルザはとても疲れたようで、しばらく寝かせて欲しいと言ったので部屋の中で休んでいる。
あれ程疲れた様子は見たことが無いかもしれない。
後で様子を見に行こう。
アズとアレクシア、それにオルレアンの三人は船旅を楽しんでいた。
嵐でなければ澄み渡った空と奇麗な青い海水が美しい景色を見せてくれる。
潮風も心地良い。
アズは髪を解き、髪を揺らす風を楽しんでいた。
「奇麗ですね。こんな景色を見られるとは思ってませんでした」
「海には行ったことがあるが、砂浜の周辺を泳いだだけだったからな」
「はい。一生の思い出にします」
「気が早いぞ。まだ人生はこれからだ」
そう言ってアズの頭を撫でる。
これから多くの経験をしていくだろう。
せめて幸多きことを祈るばかりだ。
船の上では食べるものが限られる。
しかも今回は船の積載量限界まで小麦を積んでいるので、海から調達するしかない。
無事な四人で釣りをして食材をゲットする。
釣りはしたことがなかったが、やることのない船の上でならば中々楽しめる。
一番釣りが上手いのはオルレアンだった。
魚が餌に食いつくまで微動だにせず、食いついた瞬間に釣りあげる。
次に上手いのはアズだ。
やや気が早いのか釣り糸がぴくぴく動くので食いつきは悪いのだが、食いついた瞬間は見逃さない。
その結果、悪くない戦果となっていた。
もしもっと落ち着いて釣りができるなら入れ食いだろう。
「……魚が食いつかないわね」
「アレクシアはそうみたいだな」
「結果は一緒よ」
「まだ決めつけるのは早い」
アレクシアと共に、空の桶を隣に置いて海を眺める。
残念ながら二人とも魚を釣れていない。
アレクシアが釣れない原因は明らかだ。
戦いに臨むかのような殺気を魚に向けてしまっており、怯えて近づかない。
その分がオルレアンに流れているともいえる。
食いつけばアレクシアの実力なら釣りあげられるのだろうが、食いつきが無いのではどうにもならない。
それに対してこっちは、たまに食いつくのを釣りあげようとして逃げられてしまう。
反射神経とでもいうべきか。
アズならともかくオルレアンにも劣っているのはショックだった。
陸に戻ったら机仕事ばかりせず少し運動をした方がいいかもしれない。
「大丈夫です。アズ様と二人でたくさん釣れましたので皆様の分あります」
「そ、そうですよ。安心してください」
オルレアンが魚が入った桶を持ってフォローしに来た。
いきのいい魚が桶の中で元気に跳ね回っている。
アズもオルレアンと共に励ましに来たようだが、励まされる方が辛いこともある。
結局あれからアレクシアと共に一匹は釣ることができたので、何とか格好はついた。
木でできたガレオン船の上で火を起こすわけにもいかない。
なので魚を串に刺し、動かないように固定してアレクシアの火の魔法でこんがりと焼き上げる。
これなら船を燃やす心配もない。
魔導士のありがたさが身に染みる。
海の上で真水を飲めるのも、魚を焼けるのもアレクシアのおかげだ。
例え魚を一匹しかつれなくてもいてくれるだけで助かる。
かなりの数を焼いてもまだ残っていたので、それをぶつ切りにして薄めた海水でゆでる。
これは船員に教えてもらった調理法だ。
海水は塩を含んでしょっぱいが、真水でいい具合に薄めて煮沸するとスープになる。
魚の旨味が染み出してこれだけでも十分な美味さだ。
「フィンさん、ごはんですよ。食べられますか?」
「病人扱いするなって……うぅ」
普段は絶対に見せない弱り切った姿でフィンは用意した食事を食べる。
船酔いになれたのかそれとも空腹が満たされて少しマシになったのか、少し元気になったようだ。
寝ているエルザに食事を届ける。
アズが持っていこうかと提案してきたが、顔を見ておきたかったので断る。
部屋に備えつけられたベッドの上で、エルザは静かな寝息を立てていた。
部屋の中ではエルザの寝息と、シーツがすれる音だけが聞こえる。
ベッド脇の椅子に座ると、エルザが気が付いて目を覚ます。
「わるい、起こしたか」
「いえ大丈夫ですよー」
エルザはそう言って上半身を起こす。
すると何も身に着けていなかった。
陶器のように白い肌が露わになる。
「あら」
「裸で寝ていたのか」
「下着まで濡れて、寝苦しくてつい。でももう何度か見ているから見慣れてますよね?」
確かに見たことはあるが、慣れるほど眺めた覚えはない。
今気付いたが、部屋の隅にエルザの下着と司祭服が吊るしてあった。
シーツを手繰り寄せ、エルザは少しだけ身体を隠す。
「それより良い匂いがしてお腹が減りました。食事を持ってきてくれたんですよね」
「食べられそうか? つらいならまた後でも」
「いいえ、今食べます。でもどうせなら食べさせて下さい」
そう言うと、エルザはあーん、と小さく口を開けた。
からかっているのかと思ったが、疲れているのは間違いないだろう。
仕方ないので給仕をしてやろう。
木のスプーンでスープを掬い、エルザの口へと運ぶ。
エルザは餌を待つヒナのように受け入れた。
「美味しいですね。魚も柔らかくって」
「よく煮込んだからな。ほら」
次は焼き魚を口元に持っていく。
小さな口でパクリと食べる。
食欲はあるようだ。
食べる元気があるならすぐによくなるだろう。
安心した。
そうして食べ終わるまで世話をすると、眠くなったと言ってエルザはまた眠りに就いてしまった。
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