第395話 ちょっとだけ
エルザはすいすいと海の中を進んでいく。
水の中ではあるが、呼吸が魔法で補助されており息苦しさはない。
周囲も驚くほど静かだ。これなら泳ぐのに支障はない。
司祭服を着たままだったのは少し失敗だった。
水の抵抗を感じる。
腰に命綱を巻いているのが少し邪魔だが、これは仕方ない。
しかしそのようなハンデをもろともしない。
ヨハネたちの前で披露する機会はなかったが、長い経験の中で水泳も習得していた。
(大したものね)
泳ぎながらアレクシアの魔法に感心する。
水の精霊とアズの魔力を使用しているとはいえ、この巨大な海に作用するほどの魔法を使うとは。
さすがに範囲は限定されているようで、遠くを見ると急激なうねりが見える。
あれに巻き込まれればただでは済まないだろう。
もし耐えられても流されてどこへ行くか分からない。
あまり長居していると二人の魔力が切れてしまう。
(急がないとねー)
海底へと向かう。
しばし泳ぎ、到着した頃には頭上にあるはずの船がだいぶ小さく見える。
周囲を見渡す。
岩肌と白い砂が見えるだけだ。
目を閉じて集中し、魔力を感じ取る。
(あっちか)
海全体に魔力が感じられるので分かりにくいが、特別大きな魔力を感知した。
幸いアレクシアの魔法の範囲内だ。
目的地にたどり着くと、そこには像があった。
三叉槍を掴み、掲げるようにしている。
人間の像かと思ったが足は魚で上半身にはヒレがある。
サイズが大きい。
三叉槍だけでエルザよりも大きなほどだ。
この半魚人の像がこの嵐の原因らしい。
(……覚えがないね。私たちが関わったものじゃないか)
これだけの現象を起こせるなら、創世王教の古い魔道具かなにかかと思ったがそうではなかった。
もし使徒の武具であれば戦力になったのだけど。
自然に迷宮から生まれたのなら、相当強力な魔物に違いない。
どうして像になっているのかは分からないが、砕けば止まるだろう。
(よいしょっと)
メイスを振りかぶる。
呼吸は水中の影響を受けないが動きまではそうはいかない。
水の抵抗は空気より遥かに重く、思いっきり振ったメイスがゆったりとした動きで像にぶつかる。
重い音と共に、像にヒビが入る。
そのヒビは像全体に瞬く間に広がっていった。
砕ける音と共に、小さな破片が海底へと落ちる。
しかしそれは表面部分だけだった。
破片が落ちた場所からは鱗のようなものが見える。
(あっ、これやばいかも)
すぐに像から距離をとる。
すると目の部分から破片が落ち、そこからギロリとこっちを睨む目玉と視線が合う。
ニコリと微笑んでみたが、相手の目は血走っており今にも怒り出しそうだ。
やがて像だったはずの半魚人は表面の石が全て剥がれ落ち、本来の姿に戻った。
そしてすぐさま三叉槍の先をこっちへと向ける。
強い敵意を感じた。
(どうしようかな。多分エトロキと同格の強さはあるか)
体の大きさ、そして身に纏う魔力の高さ。
かなり強い魔物だ。
しかも半魚人ならば海の中を自由に行き来できるだろうし、船の上から戦える相手ではない。
アレクシアとアズはそもそも魔法を維持しているので戦えないし、フィンもあの様子では戦力にはならないだろう。
(仕方ない。ここなら目も届かないだろうし、ちょっと本気を出そう)
あまり力を使うのは好ましくない。
力の回復方法は時間の経過しかなく、その速度もゆっくりだ。
少しでも使えばその分回復が遅れてしまう。
太陽神に対する備えとしてはあまりにも足りない。
しかしここで創世王の使徒を継承したアズを失えば、全ての予定が水の泡だ。
(ちょっと欲張っちゃったかな)
もしかしたらここにも使徒が眠っているかもしれないと思ってしまった。
しかしそう都合よくはいかないようだ。
そもそも創世王の使徒であるユースティティアが風の迷宮に居たこと自体が奇跡に近かった。
半魚人は三叉槍を凄まじい速度で心臓目掛けて突いてくる。
当たった瞬間強い衝撃を感じたが、その場から動くことはなかった。
三叉槍は胸に刺さらず、表面で止まっている。
半魚人は驚いた顔をしていた。三叉槍を引き抜こうとしたので左手で矛先を掴む。
無駄な力を使いたくない。
「ごめんね」
その言葉は泡と共に消えていく。
相手には聞こえなかったようだが、これは自己満足なので構わない。
少しだけ力を開放した。
「エルザはまだなの? そろそろ魔力が切れるわよ」
「まだ上がってこないです。命綱を引き上げましょうか?」
「そうね。巻き込まれたら大変だしご主人様にちょっと聞いてみて……」
海へと潜っていったエルザを見送って少し経つ。
アレクシアは完全に荒れた海を抑えつけていたが、そろそろ限界とのことだった。
解決が難しそうならエルザを回収し先に進んだ方がいいかもしれない。
そう思っていたら、近くで巨大な水柱が上がる。
太陽が隠れるほどの高さがあり、すぐに雨のように海水が降り注いだ。
「何かあったのか!?」
「突然あの辺りから水柱が……」
オルレアンが指さす。
そこには凪いた海が見えるだけだ。
「あら? 抵抗が消えたわ」
アレクシアはそう言うと魔法を解除する。
しかしそれでも海の様子は変化がなかった。
「エルザが何かしたのか」
「多分そうだと思いますけど」
アズが少し疲れた様子でそう言うと、その背後にあった命綱が張る。
どうやらエルザが引っ張っているようだ。
海面を見るとエルザがぷかぷかと海に浮いていた。
力なく手を振っている。
エルザを回収して話を聞いてみると、変な石があったので壊してみたら爆発したそうだ。
「いきなり叩くのは不用心だろう」
「そうだね。反省反省」
そう言いながら濡れた髪を絞る。
あまり反省しているようには見えないが、無事だったことに安堵する。
「その石が嵐の原因か。魔道具だったのかもしれないな」
「そうかも。ただ固定されてて動かせなかったから回収は諦めました」
「ああ、それでいい。無茶する必要はない」
タオルでエルザの髪を拭くと、気持ちよさそうに身を委ねる。
疲れただろうし休ませてやろう。
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