第394話 エルザ、海へともぐる
「揺れる……うぷ」
「意外な弱点だな。三半規管も鍛えてるだろうに」
「これは体質だってば」
「しんどいなら無理に返事をするな。ほら」
フィンが息も絶え絶えになって返事をする。
水の入ったコップを渡す。フィンは素直に受け取るとコクコクと水を飲む。
この分では戦力にはならなさそうだ。
幸い海上でフィンの能力を発揮することはなさそうなので、素直に休んでいてもらおう。
薬を飲んでエルザの回復を受けたが、あれではどうしようもない。
客室という名の大部屋を与えられたので、そこで過ごす。
服がずぶ濡れになってしまったエルザとアレクシアは、さっさと服を脱いで魔法で乾かしていた。服が濡れたままでは風邪を引く。
波のせいか大きく船が揺れ、横になっていたフィンがゴロゴロと転がっていく。
もはやそれに抗う気力もないらしい。
アズが慌てて追いかけて止めていた。
オルレアンもそれを手伝っている。
「船が沈むことはなさそうだが、気軽に移動とはいかなさそうだ」
「陸から少し離れるまでは普通でしたのに。途中から一気に荒れましたわね。多分魔物が悪さをしているのか、あるいは迷宮か魔道具かですわね」
「やっぱり普通じゃないよな」
海のことは詳しくないが、地形のせいで荒れると聞いたことがある。
しかしあまりに突然すぎた。
作為的なものを感じる。
「乗務員はこの辺りはいつもそうだと言っていたし、なにかがあるんだろう」
「周囲の魔力も乱れてますし、小さな船では沈むでしょうね」
「ふむ……魔法で何とかならないか? 嵐を止めるのは無理でも少しでもやわらげたり」
「無茶を言いますわね。風か水が専門の魔導士ならともかく」
やれやれと言いながら、アレクシアは乾いた服に袖を通す。
エルザも熱風で温められた服にご満悦だ。
「まぁ、やってはみますけど。どれだけ効果があるのかは疑問ですわ。アズ、ちょっと来て」
「はーい」
呼ばれたアズがこっちに来る。
フィンの看病はオルレアンに任せたようだ。
氷の入った袋をフィンの頭に乗せている。
「水の精霊の力は借りられる? 私の魔法だと多分あまり効果はないけど、水の精霊の援護があれば揺れを抑えられるくらいはできると思うの」
「うーん、ちょっと聞いてみますね」
アズは目を瞑り、両手を胸の前で組んで少し待つ。
どうやら水の精霊と対話しているようだ。
アズの右目に反応がある。
「力を貸してもらえそうです。ただ、この嵐は魔力で起こされているからそれをどうにかしないと止めるのは無理みたい」
「根本的な解決をするには、それをなんとかしろということですわね。それでご主人様はどうしたいの?」
「……下手に解決していいものかどうか」
下手に干渉するのはよくない。
後で責任問題に発展するなら、対処療法でなんとかした方がマシだ。
「問題ありませんよ、旦那様。この海域の問題は解決した方が公爵様には利益が大きいのです」
「ほう。もしかしたらイセリアが海路も封鎖されるかもしれないのに?」
「船はまだあります。公爵様が海上で有利をとれるでしょう。海に面しているアテイルが蒼海の制海権を主張すれば名目も立ちますし。海上貿易ができるなら否とは言いません」
経済水域というやつか。陸とは違い、これはハッキリさせるのが難しい。
その分公爵の介入がしやすくなるということか。
好きで嵐の中を通りたい変わり者はいないだろうし。
ただ帝国の輸送量を引き上げてしまうことにはなるか。
……ティアニス王女には内緒にしておこう。
別に全てを報告する義務はない。
仕事を委託されているが、部下というわけでもないし。
「解決できると決まったわけでもないんだろう」
「それはそうですわよ。何が原因か分かりませんし」
「まあ、試してみるだけ試してみたらどうだ」
多少損する範囲なら別にリスクはない。
アズとアレクシアは少し疲れるくらいだろう。
フィンのゾンビのようなうめき声がなくなるのならやる価値はある。
「アズ、手を貸して。魔法は私が先導するわ」
「はい、アレクシアさん」
アズとアレクシアが両手を合わせて、アレクシアがなにやら呟き始める。
エルザは二人を見守りつつ、祝福で強化した。
ヨハネにもはっきり分かるほど、二人の周辺に魔力が満ち始める。
常に大きく揺れていた船が次第に落ち着きを取り戻していく。
フィンの顔色がマシになっていった。
しばらく海が凪いだかのように静かだったが、やがてまた船が揺れ始めていく。
「ああフィン様、お気を確かに」
「死にはしないわよ、こんな下らないことで」
オルレアンがフィンの肩を揺すっている。
それを振りほどく元気もないようだ。
「ふぅ」
アレクシアが息を吐く。
どうやら一度魔法を解除したらしい。
「拮抗させることは出来たけど、ずっとは難しいわね。先に魔力が尽きるわ」
「凄い勢いで魔力が削られました……」
「魔物が起こしてるならこんなに魔力が減るのはおかしい。やっぱり何かがあるわね」
「どうしよっか?」
「私達がもう一度止めるから、ちょっとエルザが見てきてよ」
「えぇ、私が?」
「さすがにご主人様にやらせるのは危ないし、一番向いてそうなフィンもあれじゃあね」
うーん、と悩んだがエルザは結局引き受けた。
水の精霊の加護で水中の呼吸もできるようだ。
「危ないと思ったら引き返すように。危険を冒してまでやることじゃないからな」
「心配してくれるんですね。やっぱり優しい」
エルザは茶化すようにそう言って、髪を束ねる。
再びアレクシアとアズにより嵐が止まったのを見て、エルザは海へと潜っていった。
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