第392話 公爵との再会

 都市アテイルの外壁が見えてきた。

 エトロキを倒した後は魔物も近寄ることもなくなり、落ち着いて移動できたからか予定よりだいぶ早く到着する。

 時刻は昼を回ったところか。


 帝国は王国よりも温かい。アレクシアが寒さに弱いのも分かるというものだ。


 率いてきたキャラバンは門の近くにある待機所に移動し、休憩がてら待機してもらう。

 いまのうちに荷のチェックもしてもらおう。

 確認はフィンとエルザに任せた。


 しかしこの数と荷物だ。手続きなしではアテイルの中へ入れてもらえない。

 事前に連絡してあるので手続き自体はスムーズにいくはずだ。


 手続きにあまり大勢で行っても仕方ない。

 公爵の証文を持つオルレアンと、護衛も兼ねてアズとアレクシアに付いてきてもらう。


 少し順番を待ち、門番と話す。

 領主であり、公爵の証文があるのでこれを見せるだけで中に入ることができた。

 都市に入るのに人頭税や通行税も必要ない。


 これは地味に負担になるので助かった。

 普段は苦しめられる立場ではあるが、こういう時は権力のありがたみが分かる。


 うちの王女殿下も、もう少し色々とサービスして欲しい。


 オルレアンの案内で都市内を移動する。

 街は賑やかで、変わらず活気に満ちている。


 戦争の兆しがあるなどとはとても信じられない。


 アレクシアは心なしかリラックスしているようだ。

 周囲を見ながら楽し気にアズと話している。


 オルレアンに連れられて、公爵の城へとたどり着いた。

 こちらは文字通り顔パスだ。

 本当に出世したのだとしみじみ感じる。


「あの、旦那様。なんでしょうか? 視線を感じるのですが」

「大したことじゃない。上手くやってるみたいじゃないか」

「公爵様の軍の皆様にはよくして頂いています」


 皆様には、ね。

 そのまま奥へと進み、公爵の部屋の前でノックの後オルレアンだけが中へと入る。

 少し待って、ドアを開けたオルレアンが中へと招いてくれた。


 中には公爵とオルレアンの二人だけだ。

 護衛もメイドもいないことが少し不思議だった。


 公爵の許可を得てソファーに座る。

 座り心地の良い高級なものだ。


 今回はアズとアレクシアも座らせる。なぜかオルレアンが隣に座った。

 公爵に護衛もいないのに立たせては、何かよからぬ企てがあるのではと思われてはたまらない。


 こういう部分は相手を見極めて、状況に応じて判断しなければならないのが難しいところだ。

 マナーとひとくくりにできたら楽なのだが。


 幸い今回の相手はそこまで気にしていない。


「久しいな。君とは火竜事件以来か」

「はい。グラバール公爵様もお元気そうで」

「ふっ、そんな元気に見えるか?」

「ええ、お歳の割には元気そのものですよ」


 言葉に偽りはない。

 なんせ、体面に座る人物は元老院の一員にして帝国の貴族のトップの一人。

 老いてなおその活力は漲っている。


 ただ、本人が茶化したように少し疲れが見える。

 火竜の騒動の時すら気力が衰えることはなかったというのに。


「さて、手紙を読んだ。小麦を手配してくれたそうだな。正直期待してはいなかったのだが、よくやってくれた」

「公爵様とオルレアンの頼みですので」


 チラリと隣を見る。

 コクリとオルレアンが頭を下げる。


「オルレアンに任せて成功だったようだな。早速積み替えさせよう」


 そう言うと公爵は鐘を鳴らし人を呼ぶ。

 すぐに部屋に兵士が入ってきて、公爵の言葉を聞くなり命令を遂行するために移動していった。

 キビキビと動いており、訓練されているのがよく分かる。


「アレクシア、お前もついて行ってくれ。彼らの報酬は馬車の金庫から」

「ええ、分かりました」


 小麦を運んでも報酬を払わないと雇った商人たちは動けない。

 無理に拘束して悪評が立っては堪らないので、仕事が終わったらすぐ開放できるようにアレクシアに行ってもらった。


「さわりだけしか聞いていませんが、大変なようですね」

「……帝国の平和は皇帝陛下の威光あってこそだと皆思い出しているよ。その威光が陰る時、こうも国が乱れるとは」

「公式には病に臥せっていると聞いておりますが」

「もう長くない。若かりし頃から陛下は国のために無茶を続けてこられた。それが今陛下を蝕んでいる」


 元老院は皇帝の諮問機関だ。

 時には皇帝の力となり、あるいは抑止する存在である。


 皇帝と元老院のパワーバランスこそが、ある意味帝国の本質そのものといってもよい。

 その片方が今天秤の力を失い崩れようとしている。


 新しい皇帝が現れるまでそれは続くだろう。

 しかしその過程に国が耐えられればの話だ。


 大陸最大の大国であっても、ふとしたきっかけで力を失いやがて国が消える。

 それは歴史が証明してきたことだ。


 帝国も例外ではない。


 今、この国は未来を決めるための大きなうねりの中にいるのだろう。

 他国の人間でありながらも、それは感じ取ることができた。


「あまり時間もない。まず運んでもらった小麦の代金は帝国の相場で買い取ろう」

「ありがとうございます」


 帝国の小麦相場はここに来るまでに把握している。

 事前に把握していたよりも一割以上値上げしており、切迫した様子がうかがえた。


 小切手を受け取る。これで無事役目を果たせた。

 オルレアンの顔も立てることができたし、公爵やその後ろに居る皇太子にも良い印象を与えられただろう。


 一安心だ。


「それで、私が最も信用する商人の君にもう一仕事してもらいたい」

「……なんでしょうか?」


 公爵ほどの人物が畏まっていうほどのことだ。

 嫌な予感がした。


「知っての通り、うちには荘園がある。もちろん以前とは違い、彼らにはきちんとした処遇を与えている。結果的にそれが良い方向に向かったがね。なので帝国の食料が多少値上がろうが、うちにとってはそれほどの問題ではない」

「はい。今回のことも安心を金で買うくらいのことだと思っております」


 だからこそティアニス王女の許可も出たし、こうして直接届けに来た。


「そうだな。だがそうも言ってられない場所もある。これを見てくれ」


 公爵はそう言って地図を広げる。詳細の載った地図は機密事項だ。

 他国の商人が見ることなど出来ない。


「気にするな。本当に見せられないものは載ってない」

「はぁ……」


 後で口封じされたりしないだろうかと不安になる。

 アズがいるのでなんとかなるだろう。


 公爵はまずここ都市アテイルを指さし、次に隣にある海を指し示す。

 蒼海と呼ばれる帝国を包むようにして広がる場所だ。


 そしてそのまま指を滑らし、ある都市で止まる。


「都市イセリア。ここに運んで欲しい。船は用意している」


 それは新しい仕事だった。


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