第391話 エトロキを倒そう

「うわぁ……」


 剣を構えたアズからなんとも言い難い言葉が漏れる。

 以前エトロキと戦った時はそれなりに苦戦していた。


 今回もそれなりの覚悟を持って戦いに臨んだのだが、それが肩透かしになってしまった。


 最初こそエトロキの持つ棍棒の振り回しに少し苦労したものの、フィンが懐に入ってからはほぼ何もしていない。


 フィンの戦い方はシンプルだった。

 懐に入った後はまず後ろに回り込み、両ひざの裏を短剣でえぐる。

 エトロキは高い再生力があるものの、立っていられずに崩れ落ちた。


 無事な上半身で反撃しようと棍棒を振り抜きながら振り返ると、そこにはもうフィンはいない。


 上に跳んでいる。

 着地の際に短剣の刃を下に向けて、体重を乗せて肩の関節へとめり込ませる。

 固い筋肉に阻まれないのは技術によるものなのか、それとも武器の性能ゆえか。


 関節の健を痛めたのか、棍棒を持つ手がだらんと下がる。

 もう一方の手でフィンを掴もうとするが、するりと逃れてしまった。


 両ひざの傷が回復し始めたのか、エトロキは立ち上がろうとする。

 そこでフィンは足首に向かって短剣を振るう。

 そしてエトロキは立ち上がるのに失敗し、地面に倒れ込んだ。


 タイミングを合わせてアレクシアの魔法が当たり、エトロキの身体が燃える。

 火を消すために体が転げまわっていた。


 戦いが始まってからあっという間だった。

 アズが呆れるのも無理はない。


 人体の急所を知り尽くしているからこそできる戦法だった。

 真似をしろと言われてもできないだろう。


「人間だったらとっくに終わってるんだけど、さすがにしぶといわねぇ」


 フィンは距離をとってアズの隣に戻ってきた。

 火に包まれながらもエトロキが立ち上がる。


 フィンが傷をつけた場所から煙が立ち上がり、修復されていく。


「首をはねるか、心臓をえぐらないとダメだと思います」

「そうみたい。全身火だるまでも回復する方が早いなんて、どうなってるのかしら」

「さっきみたいに隙を作ってくれたらなんとかします」

「あっそ。なら任せるわ。私だと首を斬るのにちょっと手間がかかりすぎるから」

「はい」


 フィンの短剣は急所を刺したりえぐるのには適しているが、筋肉で覆われている分厚いエトロキの首を切断するのには向いていない。

 口ぶりからできないことはないが、アズに任せる方が簡単だと判断したようだ。


 そこは向き不向きだろう。


 エトロキを包んでいた火が鎮火する。

 表面の毛が焼け落ち表皮が火傷しているものの、その傷も癒え始めている。


 とてつもない回復力だ。生物にとって弱点である火を全身に浴びてもそれを克服するとは。

 全身火傷は人間なら生死を彷徨うほどの重傷になるのだが。



 これのせいで以前戦った時も苦戦し、長時間戦う羽目になった。

 あの時はエトロキと正面から戦ってくれたスパルタの戦士がいたからなんとかなったが、今回はフィンが抑え役になってくれる。


 フィンとアズが共にエトロキに向かって突撃し、身軽さをいかして翻弄する。

 アズに向かって攻撃が向かえば、フリーになったフィンが再び関節を破壊していく。

 逆にフィンが狙われたらアズが剣で斬りつけて妨害する。


 みるみるうちに傷が増え、回復が追いついていない。

 動きが鈍ればアレクシアが魔法でダメージを与え動きを鈍らせた。


 両腕と両足を痛め、エトロキの動きが止まる。


「今!」

「やっ!」


 フィンの指示と同時にアズが大きく剣を振りかぶり、使徒の力を引き出して首へと振り抜く。


 首の半分まで剣が食い込むが、筋肉が凝縮してそれ以上のダメージを阻む。

 しかし封剣グルンガウスの能力の前には意味がない。


 硬化の発動と共に止まっていた剣がスッと動き、首をはね飛ばした。

 振り抜いた剣の血を払い、アズは一息つく。


「油断しない!」


 後ろに居たアレクシアから叱責が飛ぶ。

 アズはビクっと反応し、後ろに跳ぶ。

 頭を失っても動くエトロキの手が迫っていた。


 頭を探すように彷徨い、転がっていた頭を見つけると元の位置に戻す。

 フィンは即座にその頭を蹴り飛ばし、心臓のある辺りへと短剣を突き刺した。


 それでようやくエトロキは動きを止め、死んだ。


 念のため少しだけ見張りをし、倒した事を確認したら魔石と赤い宝石を回収して他のものは置いていく。


 エトロキの肉は固くて食えない。

 素材になるものはあるが、毛は焼けてしまったし棍棒は巨木を削ったもので重さの割に価値はない。


 心臓のあった部分から赤い宝石が手に入った。

 以前は心臓を吹き飛ばしたから手に入らなかったアイテムだ。


 不気味な輝きがある。

 魔道具か何かに使えるだろうし、魔石とこれだけは持っていく。


 荷物がなければ死体ごと積んでいくのだが今回は全ての馬車が満載だ。

 他の獣や魔物が食べないように焼いてからその場を後にした。


「まあまあの魔物だったわね。ちょっとだけど強くなった実感があるわ」

「実感できるものなんですか? 後から強くなったなーとは思うんですけど」

「そこは訓練の有無だと思うわ」


 アレクシアが説明する。

 アズはエルザやフィン、そしてアレクシアから稽古を受けているものの我流でここまで来た。

 型といえるものは灰王のものを真似た物のみ。

 戦いを通してそれは十分な領域に洗練されていったが、身体の隅々まで意識しているわけではない。


「まぁ、その歳でそれができるフィンがおかしいとも思うけど」

「才能よ才能」


 少し自慢げにフィンが言う。

 アレクシアははいはいと流し、馬車に戻る。


 アズ達も血を落とし、それに続く。


 エルザの結界内で不安げに見ていた商人達も、無事に戦いが終わったことにホッとしているようだ。


 今回は彼らの無事を守るのも仕事のうち。

 大丈夫だと思ったが、本当によかった。


 そろそろ目的地だ。


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