第390話 平野の王再び
それから順調に移動し、予定していたよりも少し早く都市アクエリアスに到着した。
本来は水の都として名高い場所であり、いたる所に川が流れている。
以前とはまるで様変わりしており、とても干ばつにあえいでいたとは思えない。
もうここは大丈夫だ。そう思わせる活気があった。
アレクシアもその様子を見たのか機嫌が良さそうに見える。
故郷が栄えているのは気持ちがいいものだ。
ここに寄ったのは物資の補給のためだ。
少し早く到着したのでそれほど必要はなかったが、旅というのはストレスと疲労が激しい。
都市で休憩し、疲れをいやすことにした。
この大所帯では宿には泊まれないので、寝る時は都市の近くに陣を張り一泊する。
「少し話をしてくる」
「分かった」
アレクシアはそう言って移動する。
復興が進んだ今なら遠慮は必要ないと思ったのだろう。
前回の様子を見る限り心配のし過ぎといった感じだったし。
都市内で風呂に入り、衣類を洗濯する。
これができるだけでも随分と気持ちが違う。
雑務を終えてしばらくしてアレクシアが戻ってきた。
明るい表情だ。
「今は公爵が領主を兼任してるみたい。帝位争いでゴタゴタしてそれどころじゃないから名前だけ、という感じね」
「結局あの男爵は見つからず、か」
「匿われたのか、処分されたのか……なんにせよここにとっては良いことだわ。私たち親子がいなくなった結果というのがなんともいえないけれど」
「そう卑下するな。助けに行ったのもお前だろ」
「……そうね。税金もやすくなったみたいだし、ここはよくなるわ」
少しだけ物憂げな顔をした後、アレクシアはそう笑った。
かつて水の精霊を無理やり精霊石にしようとした男爵は、試みが失敗し都市から逃げ去った。
それからどうなったのかは分からない。
誰に送ろうとしたのかも、今となっては知る術もない。
しかしあの時行動を起こすことを決めたのはアレクシアだ。
その結果水の精霊は無事開放され、その一部がアズと共に過ごしている。
するとアズが右目を抑える。
「右目が反応してます。多分水の精霊が集まってますよ」
「あの子たちが?」
アレクシアはここを長く治めていた貴族の末裔だ。
この土地は水の精霊が棲む場所であり、共存関係にあった。
水の都といわれるほどに。
周囲に水の塊が現れ始める。
それらはアレクシアの周囲に漂いはじめた。受け入れるように手を差し伸べる。
その光景は少しばかり幻想的で、美しい光景だった。
オルレアンはしばし見惚れていた。
火の精霊以外を見るのは初めてだったのだろう。
水の精霊の加護があったのか、魔物が近寄る事もなく陣の中で一夜を過ごせた。
アレクシアと水の精霊たちが別れを告げ、都市アクエリアスを出発する。
アクエリアスからアテイルまでの道にもアレクシアの作った道がある。
この道を使えばかなり楽ができそうだ。
野盗がまた現れるのではないかと警戒したが、その様子はなかった。
オルレアンを保護したのはたしかこの近くだったか。
帝位争いで国が荒れているのならと思ったが、むしろ逆か。
兵力を集めているのなら食い扶持のある兵士になっていてもおかしくない。
帝国の平野を眺めながら馬車を走らせる。
整備不良から何台かの馬車にトラブルがあったが、応急処置でひとまず対処した。
手先の器用なフィンがいてくれて助かった。
多少のことなら簡単に対応してくれる。
「節約したい気持ちも分かるが、道具はケチらない方がいい。向こうについたら修理した方がいいな。帰り道は多分もたないな」
「整備はしてきたのですが……、そうします」
金も経験もない商人にありがちな失敗だ。
馬車を維持するのが精一杯といった様子なので仕方あるまい。
今回の仕事で一息つけるはずだ。
アクエリアスからアテイルまではまだかかる。
あまり進行スピードは落とせない。
自分たちだけならあまり気苦労もないのだが、後ろに自分が率いる人たちがいると思うとやはり緊張する。
キャラバンは今回だけの予定だが、日常的にこうしている人は相当肝が太いのだろう。
もうそろそろ到着というところで、魔物がこちらに向かってくるのが見えた。
……数が多い。
周囲を囲まれる。
すぐにエルザに結界を生み出してもらい、アズとフィンに前に出てもらう。
「あれって」
「見覚えがあるな」
近寄ってきた魔物は黒い狼のような姿だった。
かつてスパルティアに行った際、同じようなことがあった。
となると、恐らくこの狼たちのボスがいるはずだ。
近寄ってきた狼たちをアズたちが蹴散らす。
今更この程度の魔物に遅れはとらない。
恐れるとしたら、ボスだけだ。
狼人間とでもいうべき魔物。
やはり姿を現してきた。
平野の王と評される魔物、エトロキだ。
以前見た時より少しサイズが小さいようにも思う。
個体差なのか、それとも幼いのか。
あの時はスパルティアの戦士の助力で倒しきることができたが、また助けが来るとは思えない。
今回は成長したアズたちに倒してもらうしかない。
「緊張してるとこ悪いんだけど」
フィンが呆れるようにこっちを見る。
苦戦するのではないかと思って見守っていたのだが、フィンからはそういった雰囲気は見られない。
「生きてる相手なら、私にとっては獲物でしかないのよ。巨人だの竜だのはともかく、このぐらいならね」
そう言って両手に水晶の短剣を握り、フィンは前に出た。
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