第389話 ヨハネのキャラバン
いよいよ出発の日になった。準備はばっちりだ。
オルレアンには前触れとしてすでに手紙を送ってもらっている。
カソッドの城壁前に集まった馬車の群れを眺めながら少し感傷に浸っていた。
まさかこれほどの馬車を率いる日が来るとは。
代表してキャラバンを組むというのは商人にとって一つのステータスだ。
夢と言うと大げさだが、一度はやってみたいと思う者は多い。
なんせ実現にはとにかく手間と金がかかり、移動中のさまざまな問題にも対処しなければならない。
そのかわり見返りも大きい。輸送量が一台の馬車とは比較にならない。
よほど選ぶ品物を間違えたりしなければ巨額の利益を得ることができる。
今回は需要が分かっていて積んでいく品物が決まっているので、失敗するリスクもない。
「みんな集まってくれ」
今回同行する商人達を集める。
遅刻はなし。時間に遅れてくるような奴は商人失格だ。
今回のキャラバンの目的を改めて説明する。
仕入れも販売も全てこっちがやること。
仕入れた小麦を馬車に積んで、帝国の都市アテイルへと向かうこと。
向こうに辿り着いた時点で約束した輸送料を払い、帰りに関しては各自自由とすること。
商人組合で募集した時の言葉を改めて告げる。
帰りに関しては少し悩んだが、行きはともかく帰りに関しては何を積むのかは各自の裁量であり、早く帰りたい者もいればじっくりと選びたい者もいる。
その辺りを考慮して決めた。
護衛に関しては今回は不要とした。
うちのアズ達がいれば野盗や平野の魔物に遅れはとらない。
これは経費削減になって助かる。
ポータルを利用して王都へと移動し、ルーイドへ向かう。
現地で小麦の袋を馬車にひたすら詰め込む。
ルーイドの住人も手伝ってくれたので予想より早く終えることができた。
ここで積み込んだ量を記録しておき、その数で支払金額を決める。
間違いがないようにお互いが確認し、全てのチェックを終える。
ついでにルーイドで食料の調達を済ませることで、しっかりと金を落とすことにもなるので一石二鳥だ。
二〇台分の馬車にその持ち主の食料ともなると結構な量になる。
笑顔の代表と固い握手をして別れた。
人と人を強く結びつけるのは利益だ。
利益があるうちはささいな問題はとるに足らず裏切る必要もなく、そこから信用が生まれていく。
少しは彼らにも信用されてきただろうか。
それから休憩を挟んだ後、移動する順番を決めて出発することにした。
先頭はうちが担当する。
何かあればすぐ対応できるし、アレクシアが居るので魔物が来たら先制攻撃も可能だ。
全ての馬車に対して笛を渡す。何か問題が起きたらこれを吹いて知らせてもらうことにした。
うちのメンバーの誰かを送ることも考えたのだが、見知らぬ他人と長時間過ごすことを考えると負担が大きいと判断してこういう形にした。
先頭から後ろの馬車には目が行き届かないのだが、笛なら音が届くのは確認済みだ。
もし笛の音が聞こえたら全体を止めて対処。
特に足を止めることは何度も念押しした。
馬車同士が衝突してしまうと馬が怪我をしたり、荷台が破損して立ち往生してしまう。
今回参加した商人達はベテランを含めてキャラバン経験者は少ない。
移動速度より事故を起こさないことを重視する。
ややぎこちないながらも、ルーイドを出発して帝国へと移動を開始した。
まずは国境に近い都市のアクエリアスへ向かう。
馬車一台なら直接向かう方が早いのだが、大所帯となるとちゃんとしたルートを通らないと補給が追いつかない。
それにアクエリアスへの道は以前アレクシアが作った道を再利用することができる。
「そういえばずっと道を作らされましたわね……あのおかげで土魔法が向上しましたけれど」
「あれから日が経っているがまだ残ってるもんだな」
「ふふ、当然ですわね」
そういってアレクシアは胸を張った。
馬たち……うちはラバだが、しっかりとした足取りで進んでいる。
道なき道を通るときは足をとられないように自然とゆっくりになってしまうので、この違いは大きい。
アレクシアが作った道はずいぶんと通行の後があるが、しっかりと形を残していた。
魔法の腕が確かな証拠だ。
できれば通行料をとりたいくらいだ。
タダで使わせるのはもったいないが、これもカソッドの活性化につながっていると思えばやむなしか。
驚いたのは、簡素とはいえ小屋が建てられていたことだ。
隊商路として扱われているらしい。
しばらくはトラブルらしいトラブルもなく進むことができた。
食事や野宿の際は仕事の効率化のためにまとまって行う。
そうすれば起こす火は一つでいいし、管理もしやすい。
「水を積まなくていいのは助かりますね。小麦で一杯にしても馬たちが元気ですよ」
「水瓶一つ積むだけでも重いからなぁ」
アレクシアに水を生成してもらっている。
魔導士一人でこれだけの規模のキャラバンを賄えるのだから大したものだ。
貴族の行軍など必ず魔導士が一人はついて行くと聞いたことがある。
「おたくは何を売り買いしてる?」
「普段は塩を扱ってますよ。ただ太陽連合国から仕入れるのが難しくなってね。新しい場所を探さないと」
「ああ、たしかに。うちも影響を受けてる」
足を止めている間は情報交換も交えた雑談の時間だ。
いい機会なので交流を図る。
なんせ皆商人だ。得意分野も違うのでこうした機会にお互いを知ることで次の商売につながる。
人が多い場所には魔物が集まる習性があるが、その度にアズ達に蹴散らしてもらう。
戦えない者はエルザの結界内にいてもらえば安全だ。
一ヵ所に固まっているので守るのもやりやすい。
そしてその度に新鮮な肉が食えるので、多少の襲撃は悪くない。
魔石もこっちで回収する。
リスクは全て引き受けているので、その分リターンもこっちが貰う。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます