第385話 ティアニス王女との会談

 提示された時間が迫ってきた。

 書類をまとめて掴み、机を使って揃える。


 オルレアンのおかげで少し先の仕事まで片付いた。

 何の心配もなく、とはいかないがかなり楽な気持ちで会談に臨める。


「そろそろいくぞ」

「かしこまりました」


 ソファーに座っていたオルレアンが立ち上がる。

 一緒に行くために宿からこっちに待機していた。


 暇つぶしにペンダントを手でいじっている。

 あれは以前オルレアンにプレゼントしたものだ。


 安物だったが、大事に持ってくれているようでうれしい。


 しっかりと身嗜みを整える。

 オルレアンはここに来た時と同じ格好だ。


 ロングスカートのワンピースの上にすっぽり覆うような純白のローブ。

 これならオルレアンも問題ないだろう。


 アズとエルザに再び護衛としてついてきてもらう。

 フィンとアレクシアは今回は留守番だ。



「アズ様、よろしくお願いします」

「もう、アズでいいのに」

「そうはいきません。皆様命の恩人です」


 そうは言いつつも、オルレアンはアズに懐いている。

 四人で王都へ移動する。


 帝国の人間であるオルレアンは本来ポータルは使用できないが、ヨハネが後見人になることで使用が可能になる。

 記録が残されてしまうので信用できる相手に限られるが、オルレアンなら問題ない。


 王都へと到着したら、王城へと向かう。

 今回はある程度時間を指定してくれたので、前回のように慌てていち早くいかなくて済むのが助かる。


「……このような立派な場所に入ってもいいのでしょうか?」

「気兼ねすることはない。それに公爵家には出入りしてたんだろ」

「それはそうですが」


 王城を見上げながらオルレアンは少し気後れしていた。

 他国の、それも王城に入る機会などなかったに違いない。


 しかし今回会う相手は王族だ。

 入らなければ会えない。


 背中をそっと押すと、オルレアンはこっちを見て頷いた。


 門番の兵士にティアニス王女から預かっている証を見せて中に入れてもらう。

 メイドの一人がこっちに近づき、案内をしてくれる。


 ちなみに平民が案内無しでうろつくと、衛兵に捕まり下手すると牢屋に叩きこまれる。

 理不尽な話だが、文字通り人間の価値が違うということだろう。

 なら利用できるだけ利用させてもらうだけだ。


「姫様が中でお待ちです」

「どうも」


 メイドが前回と同じ部屋のドアを開ける。

 少しばかりの緊張を楽しみつつ中へ入った。


 中にはティアニス王女とカノン。

 それからメイドが何人か待機している。


「ティアニス王女殿下、この度は申し出を受けて下さり――」

「長くなるからそこまでにして」


 挨拶を途中で区切られた。

 予想はしていたが、言わないわけにもいかない。


「さぁ、座って? いつまでも立っていられると首が痛くなってしまうわ」

「では失礼して。オルレアンも座れ」

「はい」


 アズとエルザには悪いが前回と同じく後ろで待機してもらう。

 オルレアンは一緒に話してもらわなければならないので隣に座って貰った。


「カノンが何か言ったかもしれないけれど、私は常に意見を聞く耳を持っているつもりよ。必要があれば今回のように連絡してちょうだい」

「ええ、ティアニス王女殿下のご厚意に感謝します。広い心をお持ちで」


 あえて最後の一言を付け加えてカノンを見ると、忌々しそうな顔でこっちを見ていた。

 この人はこうやって皮肉の一つくらいは言っておいた方が読みやすい。


 実務能力はともかく、これほどわかりやすい側近しかいない時点でティアニス王女の陣営が盤石ではないことを証明している。


 王家を継ぐわけでもないだろうし、政略結婚でいずれ嫁に出るのであればそのくらいの扱いがちょうどいいのかもしれない。


「お世辞はいいわ。あ、そうだ。話の前に珍しいものが手に入ったの」


 そう言ってティアニス王女が手を叩くと、メイドがワゴンを運んでくる。

 丸い蓋のクローシュを持ち上げると、皿が三枚ある。


 その皿には半球面の白い物体が載っており、赤いソースがかかっていた。


「どうぞ。食べてみて」

「……ではいただきます」


 王族が勧めたものを断るわけにもいかない。

 まさか毒ではないだろうが。

 解毒のできるエルザに視線を送る。


 同じものをティアニス王女も食べ始める。


 備えつけられた銀のスプーンで白い物体を掬いとり、口に運ぶ。

 すると口の中で滑らかに溶けていった。

 赤いソースはストロベリーだ。


「美味しいでしょう。これは――」

「氷菓子ですか、珍しい」


 久しぶりに食べた。

 子供の頃、父と共に北の寒い場所へ行った時に御馳走になったことがある。

 ミルクに砂糖と生クリームを入れて混ぜ、冷やす。


 魔法があればどこでも作れるが、そうでなければ寒い時期に寒い場所でしか作れない。

 そのせいで非常に美味しいのに知名度が低い。

 オルレアンはすぐに気に入ったようで、あっという間に食べてしまった。


「久しぶりに食べました。懐かしい……どうしました?」

「別に。なんにもありません。労いもかねていますから、気に入ったならよかったです」


 ティアニス王女はそう言って少しだけ不機嫌になった。

 普段と違って年相応に見える。どうやらこれを自慢したかったらしい。


 しかしそんな顔もすぐに切り替わり、いつもの微笑に戻る。

 王族も大変だ。


 メイド達が空になった皿を引き上げていく。


「では話を伺いましょうか。報告ではお任せしたことは順調だと聞いていたのですが」

「ええ。ひとまず問題はありません。今回はそのことではなく……無関係ではないのですが」

「あなたにしては歯切れが悪いですね?」


 どう説明したものか少しばかり考える。

 この話はティアニス王女、そしてその後ろに居る王室がどう判断するかまで考えなければならない。


 嘘をつかず、必要な情報を盛り込んだうえで認可をとるにはどう伝えるべきか。

 一応事前に考えてはいたものの、切り出すのは難しい。


 しかしいつまでも黙ってはいられない。


「帝国から小麦を売って欲しいと言われています」

「――売ればいいのでは? その程度のことで私に聞きに来る必要は」

「そうだぞ! 貴様、姫様の時間がどれだけ大事か」

「三十t分」


 ティアニス王女の呆れた顔とカノンの激昂する顔に向けて、なるべく大きな声で告げる。


「帝国のグラバール公爵家から融通してくれと」

「なっ」

「あらあら。そういえばお知り合いでしたわね」


 カノンが絶句する。

 ティアニス王女は一瞬だけ視線が動いたものの、落ち着いていた。


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