第384話 青い髪の看板娘?
ティアニス王女からの返事を待つ間、数日ほどオルレアンにカソッドを案内して過ごした。
その際はアズが張り切って名乗りを上げた。
アズがこの都市で過ごし始めてそれなりに長くなる。
特に店の周囲はもう庭のようなものだ。
馴染みの屋台もあるようで、挨拶をかわす人もずいぶんと増えている。
冒険者を抜きにすれば年頃の少女だ。
見て奴隷と分かるようなものも身に着けていないので、自然な成り行きといえる。
オルレアンも楽しそうに過ごしている。
一人で来たのは恐らくあまり当てにはされていないから、というのもあるだろう。
それ以外にも息抜きという面もあるのではないか。
オルレアンの立場は特殊だ。
荘園の改革の旗印であり、公爵も無下にはしない。
しかし部下はいい顔をしないのが組織というものだ。
公爵の目を盗んで小さな嫌がらせがあるのは予想できる。
厄介なことにそれは公爵が止めるほど事態は悪化してしまう。
オルレアンが有能なのもそれに拍車をかけている。
オルレアンと過ごす間に何度か話したが、とても以前には何も知らなかった農奴とは思えない。
元々頭の回転は良かった印象があるが、今ではヨハネでも舌を巻くほどだ。
特に計算が早い。
何もせず世話になるのはというので店の手伝いをさせてみると、すぐに仕事を習得してしまった。店番をすれば大量の買い物でもそらで暗算をこなせる。
カイモルの妹のミナも驚いている。
彼女もすぐに仕事には慣れたのだが、それでもオルレアンより時間がかかった。
「ヨ、ヨハネさん。私首になったりしないですよね?」
少し顔色が悪くなって、近寄ってくるなりわざわざ小声で聞いてくる。
「落ち着け。うちの来客だが暇をしているというので手伝って貰ってるだけだ。それにうちはちゃんと働く人間を首にしたりはしない」
苦笑しながらそう言うとホッとした様子で仕事に戻っていった。
良くも悪くも表裏がない子だなと思う。
カイモルは経験があるからかもう少しやり手なのだが。
オルレアンの容姿も噂になっているようで、その姿を一目見ようと若い男の客が増えたりした。
駆け出し冒険者らしき姿も見える。
そういう客は大して買い物もせずにオルレアンに話しかけようとするので、仕方なく目を光らせておいた。
その分仕事が溜まるのだが、オルレアンの手伝いでそれもあっさりと終わる。
「王国語も読めるのか?」
「はい。帝国語と少し違うだけですし」
帝国語と王国語はその背景からしてかなり似ている。
特に言語的にはほぼ同じといっていい。
文字に関してはオルレアンが言うほど簡単ではないのだが、完全に読めているようだ。
シンプルな事務作業はもしかするとヨハネよりも早いかもしれない。
「これで終わりでしょうか?」
「ああ。助かった。お茶でも飲もう」
「私のせいで仕事が溜まったのですから、手伝うのは当然です」
オルレアンはそう言って少しだけ胸を張る。
立派な心掛けだ。
……オルレアンが目障りだった連中にとってはこういう所も鼻についたんだろうな。
「旦那様、どうしました?」
勝手に憐憫に浸っているとオルレアンは不思議そうに尋ねてきた。
いささか推測が過ぎたか。
反省しつつ、家にいたアズやアレクシアと共にお菓子を食べながらお茶を飲む。
疲れた時は甘いものが欲しくなる。
砂糖をまぶしたドライフルーツをつまんでいると、来客を知らせる鐘がなった。
裏の扉からだ。
「私が行ってきますね」
アズが立候補して速足でドアを開けて扉へと向かう。
もうじき夕日が差す頃合いだ。
この時間に来客は珍しいと思っていると、足音が聞こえる。
早歩きで、迷いがないこれはアズのものではない。
ドアを勢いよく開けたのはアズではなく、カノンだった。
見て分かるほどの不機嫌が顔に現れている。
相変わらず腹芸ができない貴族だなと思いつつ、少し驚いていた。
ティアニス王女の側近である彼女は商人を下に見ていたはずだ。
最初こそ王女の命令でしぶしぶ来ていたものの、もう本人は来ないと思っていた。
アズが後ろから慌てて追いかけてくる。
恐らく静止したのだが、アズでは止められなかったというところか。
仕方あるまい。立場もある。
「ようこそカノン様」
椅子から立ち上がり、カノンを出迎える。
舌打ちの音と共にカノンは杖で床を叩く。
苛立ちを自制しているようだ。
同じ舌打ちでもフィンとはずいぶん違うなとどうでもいいことを思った。
「我々から連絡するならともかく、商人が王女殿下に会いたいとは身の程をわきまえていないようだな」
「まさか。何事もなければこんなことはしませんよ。連絡しなければティアニス王女殿下の不利益になると判断したからこそです」
「むっ……」
カノンの弱みはティアニス王女そのものだ。
ティアニスが困るけどいいのかと聞けば彼女は否とは言えない。
そういう含みを持たせたからこそカノンが来たのがその証拠だ。
「ならここで話してみろ」
「いえ、これは直接ご報告する必要があります」
「私では不服というのか!」
そう叫ぶ。まったく奇麗な顔が台無しだ。
貴族という立場でごり押しすれば相手が言うことを聞くと思っているようだ。
それは間違いではないが、貴族の言うことをタダ聞いていれば待ち受けるのは破滅だ。
貴族は平民が自分の振る舞いでどうなろうと気にもしない。
そうではない貴族の人達とも出会ってきたが、カノンのような人物の方がやはり多い。
「誰に話すかは私が決めることです。そしてこれは人づてで判断する情報ではないと思っております」
「……そこまで言うからには大した情報なのだろうな」
「私はそう思っております」
一時的に部屋に静寂が訪れる。
緊張が支配する僅かな時間が過ぎて、カノンが先に折れた。
「楽しみにしているとしよう。もしそうでなければ、王族を軽く見たことを後悔させてやろう」
「そのようなことはありません」
「ふん」
カノンはそう鼻で笑うと、面会の時間を提示して帰っていった。
この程度の用事は人を寄こせばよかっただろうに、もしかして文句を言いたかっただけなのだろうか。
「始末する?」
いつの間にか後ろに居たフィンが耳元でささやく。
「やめてくれ。むしろあの手は扱いやすい方だ」
「あっそ」
そう言ってフィンは舌打ちする。
やっぱりフィンの方が可愛らしい。
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